迷宮編
招集
迷宮の活性化は国を揺るがすほどの大惨事に発展する危険性を孕んでいる。
手をこまねいていては、事態が悪化するのは目に見えていた。
事態を重く見た国の上層部は、騎士団を派遣して迷宮を早急に解放する道を目指した。
だが、解放済みだった迷宮の迷宮主が全て復活するという異常事態。
その数は合計五つにも及び、発見が遅れた事もあり、成長が進んでいる。
とても騎士団だけでは手が足りない。
そこで白羽の矢が立ったのが――。
「学生を招集か……」
騎士団長の『ケビン・バルガス』は憂鬱そうな顔で、お目当ての生徒『カイル』を眺めている。
「まあまあ、そう言わずに。カイル君はアースドラゴンを単独で撃破した実力者です。立派な戦力になりますから」
学園長はのほほんとした表情で答えた。
闘技場で繰り広げられるのは、カイルとレイナの順位戦。
ケビンは国の命を受け、カイルの実力を確かめに来ていた。
ケビンが憂鬱そうにしているのは、学生を戦場に駆り出す事に引け目を感じているからだ。
だが、それと同時に、アースドラゴンを単独で討伐した実力者の存在に、大きな期待を寄せていた。
「うーん……確かに、学生にしては強いですが……」
カイルは強い。だがそれは学生の中ではという但し書きがつく。
そんなカイルが、アースドラゴンを単独で討伐したという情報を、実戦経験豊富なケビンは信じられなかった。
「まだ、実力を出し切っていないという事か?
ん……?」
拮抗していた局面が動く。
カイルが懐から取り出したポーションを飲んだのだ。
「あれは有りなのですかな?」
「有りですなぁ」
「そ、そうですか」
ケビンは引き攣りながらも、それ以上は何も言わなかった。
学園関係者ではない自分が、学園独自のルールに物申すべきではないという考えもある。
だが、一番の要因は、突如自分に現われた変化だった。
(おかしいな……今朝、家を出た頃は、カイルとやらへの期待感で、身体が軽かったというのに)
今ではカイルへの期待感がなくなった。
カイルの所業を見て考え直したのなら何もおかしくないが、突如消えてなくなったとケビンは感じていた。
薄らと恐怖を感じながらも、ケビンは気を取り直して順位戦の行方を眺める。
順位戦はカイル優位に進んでいく。
その要因は明らかにポーションによる、こまめな回復だった。
(帰るか)
興味を失ったケビンは、国への報告をどうするか悩みながら立ち上がった。
「おや、もうよろしいのですか?」
「はい、大凡の実力はわかりましたので」
突如消えてなくなった期待感は、カイルの実力が期待外れだったからだと、ケビンは自分に言い聞かせた。
妙に恐怖を感じたのは、疲れているからだろう。
そう考え、早めに帰宅する事にしたケビンの耳に、ざわつく観衆の声が聞こえた。
「……あれは?」
順位戦に突如現れた第三者。
ケビンはその存在を見て、異様なほどの期待感が膨らんでいくのを感じた。
「ああ、あれは、クオン君ですな。優秀な生徒ではありますが……」
言い淀む学園長を見て、ケビンはクオンが問題児だと察した。
「ふむ……」
興味が湧いたケビンは、クオンが何を仕出かすのかを見てからでも帰るのは遅くないと考え直す。
クオンの登場で静まり返ると場内。
観衆の視線を一心に受けても、クオンに動じた様子は無かった。
(中々の胆力だ。視線が自分に集中するというのは、わかっていても辛いものなのだがな……)
クオンに関心すると同時に、自身の苦い経験を思い出したケビンは、苦笑を浮かべる。
その時、カイルが動いた。
剣を振り上げ詰め寄る先にいるのはクオン。
「まずっ――」
クオンはカイルに背を向けている。
そのうえ、レイナを抱えているので、躱すのは難しい……はずだった。
だが、ひらりと躱してみせたクオンが、カイルの顎に拳を撃ち込む。
「ほう……アレを一撃か。格が違うな」
学生として十分な実力を持っていたカイルを、素手であしらったクオンは、騎士団長であるケビンから見ても、十分過ぎるほどの実力者だった。
「来た甲斐があった」
去りゆくクオンを見て、ケビンは頷く。
ケビンの心は決まった。戦場に放り込むなら、カイルではなくクオンだと……。
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