変化

 ――闘技場。

 レイナとカイルの順位戦。始まった頃は、圧倒的にカイルを応援するものが多かった。


 だが、それは少しずつ変わっていく。

 

「やっぱり、兄と同じで大した事ないな」

「また、言った……!」

 

 レイナは言いつけ通り負けるつもりだったが、何度もクオンの名前を出して挑発するカイルに、我慢が出来なくなってしまった。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 レイナとカイルの実力は拮抗している。

 だが、息が上がっているのはレイナだけだ。

 

「こんなの、おかしいよ!! ルール違反じゃん!!」

 

 最前列で応援していたルナが、悲鳴と怒声が入り混じった声で叫ぶ。

 

「何がルール違反だ」

 

 カイルは順位戦にポーションを持ち込み、こまめに使用していた。

 その甲斐もあって、戦いを有利に進めているが、それを観る者の目は険しい。

 

「アイテム禁止なんていうルールは無い」

 

 確かにカイルの言う通り、ルール違反では無い。

 だが、モラル違反である事は間違いないので、カイルを応援していた者たちからも疑問の声が上がり始めた。


 ゲームではボス戦で主人公がアイテムを使うのは当たり前だ。

 その常識が刷り込まれているカイルは、自分の行いが間違っているとは、微塵も思っていない。

 

「はっ!」

 

 カイルは勝ち誇った顔でレイナを見る。

 

「お前の兄貴はどんな顔をするだろうな」

「……」

 

 レイナは唇を噛んで耐える。

 そして、傷ついた身体に鞭を打ち、剣を構えて真っ直ぐカイルを睨みつけた。

 

「……いきますっ!」

 

 レイナは卑怯な手を使うカイルに何度倒されても諦めない。

 これではどちらが悪役なのかわからなくなってくる。


 わかりやすい勧善懲悪を求めていた観衆は戸惑いを見せる。


 その時――。


「頑張れぇぇえええ!! レイナ、絶対負けちゃ駄目っ!!」


 小柄な身体から発せられたとは思えないほど大きいルナの声援。

 観衆達はその声援に釣られていく。


「頑張れ! 卑怯者になんか負けるな!」

「負けろ、カイル! あんたの勝ちなんて見たくないわ!」

「そ、そうだ、そうだ!」


 自分を応援していた者達が、声を張らしてレイナを応援している。

 その光景を見ていたカイルは、ぽかんと口を開けて間抜けズラを晒した。


「な、何で……卑怯者はブラックヒル兄妹だろ……」


 その声は罵声で掻き消え誰にも届かない。


「はぁぁあああ!!」

「ああっ! しつこい!」


 レイナは隙だらけのカイルに斬りかかった。

 だが、疲労困憊なレイナの剣は、カイルに簡単に弾かれた。


「卑怯者の癖に諦めないから、みんなが騙されているんだ! この、詐欺師めっ!!」


 カイルは苛立ちをそのまま剣に乗せた。

 ふらふらとしていたレイナは、衝撃で吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……」

「僕の、勝ちだ!」

 

 カイルは高らかに剣を突き上げ、勝利の雄叫びを上げた。


 だが、観衆の目はカイルを捉えていない。


 皆が皆、倒れ込むレイナに近づく男を見つめていた。

 

「ああ、やばい。めちゃくちゃ怒ってるぞ」

「妹があんな目にあってるんだ。キレない方がおかしい」

「こ、怖い……」

 

 皆が皆、闘技場内に侵入したクオンは、カイルの所業に怒り狂っていると勘違いしていた。

 だが、クオンは怒っているわけではない。恐怖で顔が強張っているのだ。

 そのうえ、早く逃げたいという一心で、順位戦に割り込む程度には頭が働いていない。


 そんなクオンの異常な様子を見て、ざわついていた観衆も、一斉に黙り込んだ。

 

「レイナ、行くぞ」

 

 クオンは倒れ込むレイナを抱き抱えて去ろうとする。

 

「待て、まだ判定が済んでいないだろ!」

 

 カイルは剣を片手に、クオンの肩を掴んで止めた。

 

「退け……」

「は? 何を――」

「退けっ!!」

 

 突き飛ばされたカイルは、無様に転がっていく。

 

「クオン……ッ!!」

 

 すぐに体勢を整えたカイルは、怨嗟の籠った目つきでクオンを睨みつける。


「行くぞ、レイナ」


 クオンはカイルを相手にしなかった。

 その態度がただでさえ苛ついているカイルを更に苛立たせる。


 カイルは苛立ちの全てをクオンにぶつけるべく剣を強く握る。そして、無防備なクオンに襲いかかる。


「ああぁぁあああっ!!」


 カイルは怒声を上げて斬りかかった。

 クオンはレイナを抱えたまま、カイルの剣をひらりと躱してみせる。


 そして――。


「お前に構ってる暇はないんだよ!」


 懐に潜り込んだクオンは、カイルの顎に拳を叩き込んだ。


「うっ……ぐはっ……」


 かくんと膝を折って倒れるカイルを見て、 歓声が沸き上がる。

 

「かっこいいぞ、兄ちゃん!」

「すげぇ、一撃だぜ?!」

「きゃー! やっぱりクオン様よ!」


 クオンが正常なら、何をやっても嫌われていた自分が、大歓声を受けている事を疑問に思っただろう。

 だが、今のクオンにはそんな変化に気づく余裕はなかった。

 

「行こうか、レイナ」

「兄さん……大好きっ」


 レイナはクオンの背中に手を回し、ぎゅっと力を入れた。


 それを見て再び湧き立つ観衆を尻目に、クオンは闘技場を後にした。






――――――

 あとがき

ここまでお付き合いありがとうございました。

これにて第一章完結です。


第二章はスローラ――ダンジョン編です。


頑張っていきますので、

フォロー、☆評価などしてくださると嬉しいです。

では、またଘ(੭◉◞⊖◟◉)੭✧


 

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