廃棄
ルナとアカネに背中を押され続け、あの手この手で両親を説得し、最後は金の力で押し切った俺は、燃え尽きていた。
「んふっ」
ルナはご満悦な様子で指に嵌められた指輪を眺めている。
もちろん、俺がプレゼントした結婚指輪だ。
「お疲れ様でござる、クオン殿っ」
前屈みでそう言ったアカネは、ちらっと胸元を見せてきた。
首に付けられたネックレスには、俺が渡した指輪が通されている。
アカネも結婚指輪をねだったのだ。
だが、受け取ったアカネは指には嵌めず、誰にも見られないように首から下げて服の中へと仕舞っていた。
「これで良かったのか……?」
結婚指輪を二人に渡すなんてクズの所業だ。
思わず呟いてしまった俺に、アカネはニコッと微笑みかけてくる。
邪気の無いその笑みを見て力が抜けた俺は、もうどうにでもなれと、深く考え無い事にした。
「兄さんっ」
まだ早朝だというのに、気合いの入った顔をしているレイナが、胸元で握り拳を作っている。
「順位戦、頑張ります」
「ああ、頑張って負けろよ」
「はいっ」
その様子を微妙な表情で見ていたルナは、何かを思い出したかのような素振りを見せた。
「分校の事はどうするの?」
「……今日中に調べる」
ダブル両親の説得に時間を割いていた俺に、分校の調査に割ける時間はなかった。
だが、住所はアカネが調査済みだ。
順位戦の応援に行けないのは申し訳ないが、今日中に終わらせて、明日からは新生活を始めたい。
「レイナ……応援行けなくてごめんな」
「いえ、丁度良いです」
レイナはニコッと微笑む。
「兄さんに負ける姿は見られたくないので」
☆
俺はアカネと共に分校の近くまでやってきた。
今頃、レイナは順位戦に臨んでいる頃だろう。ルナはその応援だ。
(……あれか)
外から見る分校は目立った特徴は無い。
校門から中を覗こうとした時、慌てた様子のアカネに止められる。
「クオン殿ぉ、こっちでござるよぉ」
アカネに手を引かれてその場を離れた。
分校が見えなくなるまで距離を取ると、アカネは疲れた様子で座り込んだ。
「監視が凄いでござる」
「俺達が監視されてるのか?!」
「いや、あれは、侵入者がいないかを監視しているでござる」
だからアカネは通行人のフリをして分校から離れたのか。
「俺にはわからなかったな……」
「アカネも気配を感じるだけでござる。……痛い」
アカネは額を押さえて顔を顰めた。
「調子が悪いのか?」
「少しだけ頭痛が……」
「無理するなよ。帰るか?」
「問題無いでござるよ。本当に少し痛いだけでござる」
アカネの体調が心配だが、今アカネに抜けられのは痛い。俺は大丈夫だと言うアカネの言葉に甘える事にした。
「監視が薄い場所があったでござる。そこからなら――」
アカネに先導され、柵をよじ登って敷地に潜入した。
内部を見た俺達は目を見合わせた。
敷地内には人の気配がない。そのうえ、不自然なほど綺麗な建物が不気味な雰囲気を醸し出している。
俺達は示し合わす事もせず、黙り込んだまま物陰を進んだ。
立ち止まったアカネが校舎を指差した。
俺はアカネの耳元に顔を近づけて理由を聞く。
「あの校舎だけ、人の出入りがあるでござる」
よく見れば、薄らと足跡がある。
頷いた俺を見て、アカネはゆっくりと校舎に向かっていく。
(やっぱり、誰もいないな……)
周囲に最新の注意を払って進んでいくアカネに先導され、校舎に入った。
校舎内はシンッと静まり返っていて、人っ子一人見当たらない。
「階段でござる……」
「……まじかよ」
アカネが見つけたのは地下へと続く階段だった。
明らかに人目を避ける工夫が為されている。アカネでなければすぐに発見するのは難しかっただろう。
(引くべきか……? いや――)
何かあるのは間違いない。
リスクはあるが、俺とアカネなら大丈夫だろう。
「行こう」
俺達は隠し通路を真っ直ぐ進んだ。
背後には誰もいない。そのはずだったのに――。
「きゃっ?!」
何かが横切った気配を感じたすぐ後、目の前にいたアカネは何もない場所で転んだ。
「大丈夫か?!」
俺はそう言いながら振り返る。
そこには正気を感じない二人の人間が立っていた。
「二度目の不具合。どうする?」
「廃棄」
二人は人のものとは思えない、軟体動物のような動きで向かってくる。
そして、剣を構える俺をすり抜けていった。
「あ……」
アカネは二人を見て声を漏らす。
「やらせるかよ!!」
俺は剣士のスキルの一つである『瞬歩』を使ってアカネと二人の間に割り込んだ。
「一閃!!」
すかさずスキルを叩き込む。
一閃は強スキルとは言えないが、予備動作が少なく使い勝手が良い。
それに、高レベルの俺が使えば、威力の無さも補える。
「ふぅ……」
アースドラゴンを瀕死に追いやった俺の一閃をまともに食らった二人は、真っ二つになった。
「何だったんだ、こいつら……まさか、人じゃないよな」
人間離れした動きに底知れぬ恐怖を感じた俺は、衝動のままに斬ってしまった。
だが、相手は姿形は人だ。早まったかもしれない。
「大丈夫か、アカネ」
明らかに敵の二人より、まずはアカネが優先だ。
俺は座り込んでいるアカネに手を差し出す。
「ひぃ?!」
アカネは俺の手を取らず、背後を指差して悲鳴を上げた。
「予定より強い。何故?」
「致命的な不具合」
二人は上半身だけになりながらも、動じた様子すら見せずに話し合っている。そのうえ、切断面から血が出てない。
「廃棄?」
「廃棄」
二人は這って向かってくる。
俺はがくがくと震えてる足を無理やり動かして、動けずにいるアカネを抱き抱えた。
「に、逃げるぞ! 捕まれ!」
「し、師匠! あいつらでござる! アカネの記憶を――」
アカネに師匠と呼ばれたのは久しぶりだ。
確か――記憶を失う前が最後か。
「そんな事は後で良い! とにかく――」
アカネの言う通り、奴らが犯人なのだろう。
だが、今の俺に、犯人を問い詰める余裕は無い。
「逃げるぞ!」
何処か遠くに。
得体の知れない敵から、遠く離れた場所へ――。
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