スローライフも裸足で逃げ出す

 恐怖に怯えていた俺が、スムーズに町を離れて田舎に移住出来たのは、単にルナのおかげだった。


 俺とアカネはとにかく遠くへ逃げたいと言うだけ。レイナは元々当てにならない。

 四人もいるのに自分だけが頼りという、精神的に堪える状況。

 そんな中ルナは、移住先を決め、移動方法を決め、実際に実行までしてくれたのだ。


 それだけでも感謝してもしきれないのに、 更には、恐怖で震える俺達の世話までしてくれる始末。


 しばらく時が経ち、奴らが追って来ない事で恐怖が薄れてきた俺達には、ルナへの感謝だけが残った。


「ああ、あの……ルナ」


 だからこそ、俺達は感謝を示す為にルナを甘やかした。


「今日こそ、レベル上げに行こうな?」

「ええ……」


 ルナは首をふるふると振った。

 そして、ベッドに寝転ぶルナは、隣をぽんぽんと叩く。


「まだ朝だよ? お昼までは寝る。お昼になったらご飯食べてから遊びに行こう?」


 感謝と負い目を感じている俺は、ルナの希望通りベッドに潜る。

 その姿を見て、アカネは部屋から出て行った。おそらく昼食を作りにいったのだろう。


「はぁ……」


 ルナはとうとう1stジョブを手に入れた。


 これでレベル上げを始められる。

 そのはずだったが、『遊び人』になったルナは文字通り遊び人になってしまった。


 ため息を吐く俺に見て、ルナはニコッと笑う。


「眠いよね。昨日も遅くまで遊んだし」

「あ、ああ、そうだな」

「昼までしっかり寝て、今日もいっぱい遊ぼうねっ」


 ルナはそう言って、俺の肩を枕にして寝てしまった。


「兄さんっ」


 レイナは無邪気な笑みを見せながら、ルナの反対側に潜り込んでくる。

 ルナと同様に寝転んだレイナは、無邪気に話しかけてくる。


「今日は海に行きたいです」

「そうか……釣りでもするかぁ……」

「はいっ」


 レイナはそのまま目を閉じる。

 すっかりとルナのペースにハマっているレイナは無邪気に怠惰な生活を楽しんでいた。


「師匠」


 部屋に入ってきたアカネが俺達を見て苦笑いを浮かべた。

 その様子を見て、アカネだけはルナのペースに巻き込まれていないと安心していたのだが――。


「冷蔵庫が空だったでござる。買い出しに行くのも面倒なので、昼食は何処か店で食べるでござるよ」

「お、おう……そうだな」


 アカネはそう言って、布団に潜り込んで、俺の上に仰向けになって寝てしまった。


 右にルナ、左にレイナ。更に上にはアカネという、身動きの取れない状態。

 少し苦しいながらも、全身を柔らかい感触と甘い匂いが包み、心地良い気分だ。


「……寝よ」


 皆に流され俺も目を瞑る。

 移住した俺達の生活は、スローライフも裸足で逃げ出すほど、壊滅的だった。







 俺達が住む町『パマノー』は、のどかな田舎だ。

 山の麓にある町で、少し離れれば海もある。そのうえ、隣町は都会と言わないまでも、それなりに拓けているので、気分転換に遊びに出かけるにも困らない。


 住みやすい町だ。だが、住民は少ない。


 自給自足でやっていけるほどの土地はなく、外から物資を調達する必要がある。

 その為には勿論金が必要なのだが、パマノーにはこれといった産業は無い。


 良い暮らしをしたいなら、外に稼ぎに行くのが最適解なのがパマノーの現状だった。

 当然、出稼ぎに出たまま、帰って来ない者も多くいる。


 パマノーは、年々人口が減っていくという問題を抱えた町だった。


「ルナ……ッ!」


 馴染みの店で昼食を食べていた時、俺は意を決してルナに話しかける。


「なーに?」


 可愛く首を傾げたルナを見て肩の力が抜ける。

 だがそれでも、俺は今日こそルナを説得するつもりだ。


 ルナさえ調子を取り戻せば、この怠惰な生活は終わるはずなのだ。


「ルナは賢者になりたい……そうだよな?」

「うんっ。子供の頃から憧れてたから」

「なら、レベル上げは必要だな」

「そうだね」


 俺はほっと息をついた。

 怠惰な暮らしの中でも、憧れは消えていないようだ。


「じゃあ、明日からは迷宮に――」

「ええ……賢者にはなりたいけど、迷宮に潜るのは嫌。遊びたいもん」


 俺は頭を抱えながらも、駄々をこねるルナの事を不快に感じる事はなかった。

 それどころか、駄々っ子のルナは可愛いとさえ思う。

 

 生活に困らないだけの金はあるのだから、このまま怠惰で幸せな生活を送れば良いという思いもあった。


 それでも俺は、パンッと頬を叩き気持ちを入れ直す。


(いや、やっぱり今のままじゃダメだ……ルナは明らかに正常じゃない)


 植え付けられた感情に苦しんでいたルナが、『遊び人』というジョブの影響で、思考が変化している。


 その変化は感情に逆らってまで自分を変えなかった本来のルナにとって不本意なはずだ。


「レイナは迷宮に行くよな?」


 俺はルナから切り崩す事を諦め、外堀から埋めていく事にした。

 

「はいっ。兄さんが行くなら行きますっ」


 俺は力強くレイナの頭を撫でた。

 やはりレイナは俺の心の拠り所だ。


「アカネは――」


 アカネに目を向けると、妖艶に微笑む姿が目に映った。

 予想外の反応に言葉を失っていると、アカネは俺の耳元に顔を近づけて囁いてきた。


「クオン殿っ」


 俺はアカネに名前で呼ばれて身体が熱っていく。

 記憶を取り戻したアカネは、基本的に師匠と呼んでくる。

 クオンと呼んでくる時は、アカネが裏の顔を見せてくる時だ。


「アカネは今の生活が気に入っているでござる。クオン殿といちゃついても咎められないでござるからね」


 移住してからといもの、アカネのスキンシップは激しくなった。

 それを、ルナは以前ほど咎めなくなった。

 アカネに負けじと甘えてくる事はあるがその程度だ。


「頼むよ……今のルナはおかしいってわかるだろ?」

「もちろん協力するでござるよ? でも――」


 アカネの吐息が熱い。

 少し興奮しているようだ。


「ルナ殿が元に戻っても、今更咎められないほど、今を日常に溶け込ませるでござる。クオン殿っ、ご覚悟を」


 そう宣言したアカネは、動揺する俺の頬にそっとキスをした。

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