結婚

 ルナにたっぷり搾り取られた翌日。

 休日だと言う事もあって、朝から何もせずにダラダラしていた。

 

「……だるい」

 

 俺がそう呟くと、ルナはぷいっと顔を逸らし、そのまま台所に向かっていく。その足取りは軽やかだ。

 

「納得いかん……」

 

 軽快な動きなうえ、肌がいつもよりツヤツヤしているルナは、どう見ても元気いっぱいだ。

 対する俺は疲労困憊。元気まで搾り取られたのかと、馬鹿な考えが頭をよぎる。

 

「兄さん、大丈夫ですか?」

 

 レイナはベッドに横たわる俺の顔を、膝立ちで覗き込みながら心配そうにしている。

 

「大丈夫……そうだ、レイナ」

 

 疲労の理由を聞かれるのは避けたかった俺は、少々強引に話を変えた。

 

「カイルとの順位戦の事なんだけど」

 

 順位戦の話に触れると、レイナは真剣な顔つきになった。だが、俺の次の言葉で、レイナはぽかんとした表情になる。

 

「わざと負けてくれ」

 

 俺は順位戦に負けてストーリーから解放されたレイナを連れて学園を辞めるつもりだ。


 元々、いずれはカイル達や学園とは離れるつもりだった。

 そのタイミングとして、第一章終幕から第二章にかけての休校期間を利用しない手はない。


 それに、六師外道がレイナに接触するのは避けたい。勧誘されてもレイナは乗らないと思うが、悪堕ちルートは潰しておいたほうが安心出来るからな。


「うーん……」


 レイナはすぐに話に乗ってくれると思っていた。

 だが、レイナは悩む素振りを見せるだけで、はいとは言ってくれない。


「負ける必要がありますか?」


 負けず嫌いな一面を見せるレイナを見て意外に思ったが、クオンの代わりなら、そういった一面もあって当然かと思い直した。

 

「主席のままだったら、学園を辞めにくいだろ?」

「学園を辞めるんですか?」

「ああ。辞めて、田舎にでも移り住もう。こんな学園に居たって、心が擦り減るだけだろ?」

「それはそう、ですね……」

 

 レイナは俺の説得を聞いて揺れていた。

 もう一押しで説得出来そうな感触だ。

 

「好きな時に遊んで、好きな時に美味しいものを食べる。そのうえ、邪魔者もいないんだぞ?」

「むぅ……」

「お兄ちゃん、レイナに付いてきてほしいなぁ。妹と離れるのは寂しいし」


 俺の泣き落としを聞いて、レイナはニヤついていた。


「もう……兄さんはしょうがない人ですね。付いていってあげます」

「じゃあ、負けてくれるか?」

「はいっ」

「……良い度胸」

 

 レイナの説得に成功したのも束の間、台所にいたルナが、朝食を持って部屋に入ってきた。

 

「また、教えてほしいの? 昨日のじゃ足りなかった?」

 

 耳元で囁かれた俺は、ぶんぶんと首を横に振る。

 

「もちろん、ルナも一緒にだよ。都会から離れて、ゆっくり暮らさないか?」

 

 ルナはパッと笑みをこぼしたが、段々とその笑みを曇らせていく。

 

「親が許してくれないよ」


 ルナの言い分は尤もだ。

 娘が学園を辞めてまで、男と移住するのを簡単に許す両親はそういまい。


「……そこは、なんとかご両親を説得してだな」


 苦し紛れな俺の言葉を聞いて、ルナは再び表情をパッと華やがせた。

 

「クオンも手伝ってくれる?」

「え? ああ……」

「恋人が両親を説得……つまり――」


 ルナはじっと俺を見つめてくる。

 その表情は、真剣でありながら、どこかニヤついて見える。


「結婚」

「……早くない?」

「早くない」


 ぽかんとする俺を他所に、ルナは話を進めてくる。


「クオンが相手なら大丈夫な気がする。ブラックヒル家なら超玉の輿だもん」


 俺は言葉に詰まった。

 ルナの言う通り、ブラックヒル家に嫁ぐのは玉の輿と言えると思う。

 だが問題は、俺がブラックヒル家に戻る気がない事だ。

 

「心配しないでも、私はクオンにしか興味ないよ? 玉の輿って言ったのは、両親を説得するのに都合が良いってだけ」


 考え込む俺に、ルナは早口でそう言った。

 俺の微妙な態度を見て、失言だったと思ったのかもしれない。

 

「大丈夫、気にしてないよ」

 

 ルナはほっと息を吐いた。

 

「というか、クオン達は大丈夫なの? 特にクオンは、ブラックヒル家の跡取りでしょ?」


 俺とレイナは目を見合わせる。

 

「……まぁ、いけるだろ。な?」

「よくわかりませんけど、私は兄さんについて行きます」

 

 俺はブラックヒル家に帰りたくない。

 はじめましての両親なんて、どう対応すれば良いかわからないからな。







 ルナが作ってくれた料理を三人で囲み、少し遅い朝食を取っていた。

 

「アカネはどうしたんだ?」

「用事があるって言って、朝早く出て行ったよ」

「アカネが用事……?」

 

 アカネの記憶が抜けてから、ほぼ毎日一緒に居るが、用事だと言って離れた事は一度もなかった。


 俺はその時、珍しいなとは思ったが、たまには用事くらいあるだろうと、そこまで気にしなかった。


「おっ」


 昼過ぎ頃になって、アカネからメッセージが届いた。

 

『一人で出てきて欲しいでござる』

 

 メッセージはたったそれだけだった。

 だが、添付された画像を見て、俺は青ざめる事になる。

 

「なんで……」

 

 スマホに映し出された画像は、俺とルナが交わっている写真だ。

 

『何処にだ?』

 

 俺がそう返すと、アカネはすぐに返事をしてきた。

 落ち合う場所が書かれたメッセージは『くれぐれも一人で』と締められている。


(注意でもされるのか? ……わからないな)


 呼び出したアカネの意図がわからないが、証拠を押さえられている以上、無視するわけにもいかない。

 

(まぁ、大丈夫だろ……皆がいる場所でするなとかかな?)


 俺はそう自分に言い聞かせ、自然な抜け出し方を必死に考える。


「デザートでも食べたいな」

「うーん……冷蔵庫にはなかったよ?」

「じゃあ買いに行ってくるか。二人は何が食べたい?」


 俺は食後のデザートを買いに出ると言って、アカネとの待ち合わせ場所に向かった。

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