愛人

 呼び出された場所は、寮の近くの広場だった。

 特に何かあるわけでもなく、人通りも少ないので、立ち話をするには最適な場所に思える。

 

「クオン殿っ」

 

 先に着いて待っていた俺を見て、アカネは手を振りながら小走りで近づいてきた。

 

「アカネ……」

 

 アカネの服装は普段の制服とは違い、妙にサイズが大きいパーカーを着ていた。

 サイズが大きいせいで、中に履いているであろうスカートが隠れている。

 そのせいで、全裸にパーカーだけを着ているような着こなしになってしまっていた。

 

「こっちでござるよっ」

 

 アカネはそう言って、俺の腕に抱きついてきた。

 

「移動するのか?」

「そうでござる。人目につく場所じゃ……困るでござる」

「確かにな」

 

 今回の話の内容は誰にも聞かれたくない。

 俺は予想とは違い機嫌が良さそうなアカネを疑問に思いながらも、素直に従う事にした。


 連れて来られた先は、アカネの部屋の前だった。

 鍵を取り出したアカネは扉を開けると、俺の手を引いて部屋の中に招き入れる。

 

(お香……?)

 

 中に入ると、甘い匂いが鼻腔を刺激した。

 

「座って待つでござる」

「ああ……」

 

 しばらくして、アカネは飲み物を持って戻ってくる。

 

「クオン殿、これ。今日は暑いでござるからね」

「ああ、ありがとう」

 

 俺は渡された飲み物を飲んだ。

 隣に座ったアカネも、同じ飲み物を飲んでいた。

 その表情はどこか妖艶に見えて、思わず視線を逸らす。

 

(暑さのせいか?)

 

 頭がボーッとしていて、身体が熱っている。

 

「クーラーつけようぜ」

「ダメでござる」

「……え?」

「こ、壊れているゆえ……あ、そうだ――」

 

 アカネは話題変えて、脈略もなく雑談を始めた。

 いつまで経っても本題に入らない事を疑問に思いながらも雑談に付き合っていると、暑いと言っているのに段々と身体を寄せてきた。

 

「その服、暑くないのか?」

 

 バクバクする心音を聞きながら、気を散らす為に俺がそう言うと、アカネはなぜか時計を見た。

 

「……どうした?」

 

 俺と時計を交互に見て顔を赤くするアカネは、突然立ち上がった。

 

「た、確かに、暑いでござるねぇ」

 

 アカネは棒読みでそう言い、パーカーを脱ぎ捨てた。

 

「おいっ――」

「今日、買ってきたでござる。……似合うでござるか?」


 パーカーの中は下着のみだった。

 その下着すらも布面積が極端に少なく、汗ばむ身体と合わさって、扇情的な雰囲気を醸し出していた。

 

「あ、ああ……似合うけど――」


 俺は慌てて目を背けながらそう言う。

 それを聞いたアカネは、隣に座ってもたれかかってきた。

 

「クオン殿、アカネは悪い子でござる」

 

 アカネはスマホを取り出す。

 映し出された画像は、俺に送ってきたものだった。

 

「何でこんな写真を撮ったかわかるでござるか?」

「え……いや、注意する為……とか?」

 

 アカネは首を横に振った。

 そして、熱の篭った目つきをして、耳元で囁いてくる。

 

「脅す為、でござる……」

 

 アカネを動揺する俺の胸元に顔を埋めた。

 

「この写真を消して欲しいなら……アカネの言う事を聞くでござる」


 深呼吸しながらそう言ったアカネは、明らかに興奮で暴走していた。

 

「お、おい、とりあえず、落ち着こう。な?」

「ここまでやって――」

 

 アカネは真っ直ぐ俺を見つめた。

 

「もう、後には引けないでござる」


 後ずさる俺を見て、アカネはじりじりと距離を詰めてくる。

 壁まで追いやられた俺に、もう逃げ場ない。

 アカネは壁にもたれかかる俺に、下着姿のまま跨ってきた。

 

「この匂い、何だと思うでござるか?」

「……お香?」

「惚線香という媚薬効果のあるお香でござる」


 ぽかんとする俺を見ても、アカネは止まらない。

 それどころか、身体をすりすりと擦り付けてきた。

 

「身体が熱くないでござるか?」

「あ、ああ……」

「さっき飲んだお水は、ただの水じゃないでござるからね」


 どくんどくんと心臓が高鳴っている。

 アカネが呼吸する度に、暑い吐息が俺の身体をくすぐった。

 

「クオン殿がえっちな気分になっているのは、全部アカネが悪いでござる。クオン殿は悪くないでござるよっ」


 アカネが耳元で囁いた。

 言い訳まで用意された俺は、思考が纏まらなくなっていく。

 

「で、でも、俺にはルナがいて――」

「関係ないでござる」


 絞り出した俺の言葉をアカネはすぐさま否定してくる。

 

「ど、どういう事だよ?」

「愛人……で良いでござるよ?」

 

 アカネは妖艶に微笑み、舌舐めずりをした。

 

「アカネは悪い子でござるゆえ」


 アカネにベッドに押し倒された俺は、気付けば理性を失っていた。


 

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