船旅
しっかりと体調を整えた翌日。
スッキリとした頭で罪悪感に苛まれながら、俺はルナの手を握っていた。
「ねーこ、ねーこ!」
ルナは握った手をぶんぶんと振りながら、楽しそうに歌っている。
朝、俺が猫カフェに行こうと言ってから、ルナはずっとこの調子だ。
「楽しみでござるねぇ」
初めは元の町に戻る事に否定的だったアカネも、ルナの様子を見て、周囲を警戒しながらついて行くと言ってくれた。
「船旅か……」
現代風のこの世界は、移動手段も発達している。
パマノーから元の町への移動は、隣町から船に乗って、数時間といったところだ。
俺は前回の船旅は、逃亡中という事もあり、精神的に余裕がなく楽しめなかった。
「楽しみだなぁ」
前回と違い、精神的に余裕がある俺は、船から眺める景色を楽しめるとワクワクしていた。
だが、そんな俺をレイナは心配そうに見つめてくる。
「兄さん……」
「どうした?」
「船に乗っても大丈夫ですか? 私、心配です」
首を傾げる俺に、ルナは揶揄い口調で言う。
「前に船に乗った時は、すっごく怖がってたもんねぇ」
「ああ、そういう事か……」
前回船に乗ったのは逃亡時。確かに俺は怯えていた。
それは船に怖がっていた訳でなく、分校で出会した不気味な生物に対してなのだが、事情をよく知らない二人は、俺が船が怖いのだと勘違いしているようだ。
「大丈夫だよ」
「……本当ですか?」
俺は心配そうに顔を覗き込んでくるレイナを見て苦笑した。
レイナはその表情を見て、更に表情を曇らせた。
俺の苦笑は、レイナには強がりに見えたのかもしれない。
「本当に大丈夫だからさ。なぁ、アカネ?」
「勿論でござるよ」
俺とアカネは顔を見合わせながらそう言った。
「ほら、行くぞ?」
立ち上がった俺を見ながら、レイナはぶつぶつと何やら呟いている。
「私が……しっかりしないと……」
☆
隣町に着き、無事乗船した俺達は、出航してしばらく経った頃には周囲の視線を集めていた。
「ああ、その……レイナ」
甲板でベンチに座りながら景色を楽しんでいた俺を、隣に座ったレイナがぎゅっと抱きしめてくる。
「よしよし、怖くないですからねぇ」
レイナはまるで赤ん坊をあやすような態度だ。
大人びた容姿も相まって様になっている。
「大丈夫だから――」
「兄さん、無理はダメです」
周囲の視線が気になり、逃れようと身体を捩る。
そんな俺を見て、レイナは逃すまいと力を入れた。
「私も不安な時に兄さんにぎゅっとされて安心できました」
「う、うん?」
「だから、今度は私がしてあげる番です」
何やらスイッチが入っているレイナに、引いてくれそうな気配はない。
どうしたものかと困惑する俺を他所に、レイナは微笑みながら膝をぽんぽんと叩いた。
「ああ……ありがとうな、レイナ」
俺は素直にレイナの膝を枕にして寝転んだ。
周囲の視線は気になるが、拒否すればレイナが悲しむのが目に見えているからだ。
「はいっ」
俺達のやり取りを見ていたルナが、アカネに言う。
「アカネもしてほしい?」
「……へ?」
「アカネも怖がってたでしょ?」
ルナは隣のベンチに座って膝を叩く。
困惑した表情で俺を見るアカネ。俺はそんなアカネから目を逸らした。
「早く」
「か、かたじけないでござる……」
ルナの押しの強さに負けたアカネは、ルナの膝を枕にして寝転んだ。
ばぶばぶ仲間が一人増えた事で視線が分散される。
一人では耐えられない羞恥も、二人なら何とか耐えられそうだ。
「んんっ、そろそろ着くのか」
寝転びながらのんびりとした時間を過ごしていた俺は気付けば眠っていた。
汽笛で目が覚めた俺は、うとうとしながらも立ち上がる。
「アカネ……警戒だけは頼むな。俺も注意しておくから」
「勿論でござる」
俺達は痕跡を残さないような上手い逃亡をしたわけじゃない。
調べればいくらでも追えたはずだ。それでも追ってこないので、奴らはもう俺達を追っていないとは思うが、警戒は怠るべきではない。
「先に飯を食べに行こうぜ。昼も過ぎてるしな」
「猫カフェ!」
ルナは俺の手を引っ張る。
一秒でも早く猫カフェ――という意志を感じる態度だ。
「猫カフェの飯、美味しくないじゃん」
「それでもっ!」
駄々を捏ねるルナを説得しながら船から降りる。
「君がクオン・ブラックヒル君で間違い無いね?」
「ん?」
騎士団と思われる二人組が、ルナを説得中の俺に話しかけてきた。
「ご同行――」
「猫カフェ!」
ふしゃー! と、ルナ猫に威嚇された二人組は、ぽかんと口を広げ、間抜けズラを晒していた。
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