違和感

 パンツ持ち去り事件の翌日――。

 まだ心の整理は出来ていないが時間は待ってくれない。


 重い足取りで登校し、ルナと二人で教室に入ると、そこには既にアカネの姿があった。

 

 俺はルナに後ろから小突かれた。

 言外に仲直りしろと催促しているのだろう。


「お、おはよう、アカネ」 

「む?」

 

 アカネは一瞬訝しげな表情をした。

 

「おはようでござる。クオン殿」

 

 だがすぐに、パッと快活な笑みを浮かべた。

 

「アカネ、昨日の事は気にしちゃダメだからね?」

 

 ルナはアカネの手を優しく掴み、諭すように言った。

 

「昨日の事……?」

 

 アカネは首を傾げてそう呟く。

 

「わ、わかったでござる。アカネは気にしてないでござるよ!」

 

 アカネはそう言って逃げるように俺達から離れた。

 ルナはただ心配そうにアカネを目で追っているが、事の真相を知っている俺はアカネの態度に違和感を感じた。


 俺とアカネはしばらく気不味い時間を過ごすことになるはずだった。

 もちろんそれは、俺がアカネの特殊な性癖を知ってしまったのが理由だ。


 だというのに、俺を見るアカネの態度は、身構えていた俺が拍子抜けするほど普通だった。

 

「覚えてない?……いや、そんなはずないか」

 

 少し動揺が態度に出ていた俺とは違い、アカネは裏表を感じさせない態度だった。

 内心を隠すのが上手いと言われればそれまでだが、これまでの関わりの中でそう感じた事はない。


 俺はどこか違和感があるアカネを目で追いながら空いている席に座った。

 すぐにルナも隣に座ってくる。

 これで隣にアカネも座ってくればいつもの事だ。


 だが、アカネは俺達には目を向けず、人だかりが出来ている、カイルグループの方へと向かった。


「おはようでござる! カイル殿!」

「え? お、おはよう、アカネ」

 

 カイルは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに嬉しそうに笑って返した。

 

「こっちにきなよ」

 

 一人で空いている席に座ろうとしたアカネにカイルは声を掛ける。

 

「ではお邪魔して……」

 

 アカネは素直にその誘いを受ける。


 カイルは俺を見てニヤッと笑った。

 その勝ち誇った顔は俺に向けられているようだが――。

 

「なに、あいつ……」

 

 その挑発的な笑みを見て、苛立った様子を見せたのはルナだった。

 

 ルナはカイルへの不自然な感情から解放された頃から、カイルへの苦手意識を隠さなくなった。

 そんなカイルが挑発してくるのだ。苛立つのも無理はない。

 

「アカネもアカネだよ。私達といるのは気不味いからってカイルのところに行かなくても良いじゃん」

 

 ルナはそう言って、ぷくっと頬を膨らませた。

 ルナにとってアカネは邪魔者だったはずだ。だが、アカネを見るルナの目はどこか寂しそうだった。


 嫌われている俺とべったりなせいもあり、ルナには友達が少ない。

 そんなルナとの距離をアカネは持ち前の明るさで詰めた。初めは困惑していたルナも、あまり女を感じさせないアカネの雰囲気に警戒を緩め、今では貴重な同性の友達という事もあって気を許していた。

 

 そんなアカネが苦手なカイルと仲良くしているのが気に食わないのだろう。

 

「まぁ落ち着けよ」

 

 俺はルナの頬に出来た風船を指で突いて潰した。

 

「むぅ……」

 

 潰してもすぐに頬を膨らませたルナに苦笑しながらアカネ達に目を向ける。

 

 アカネはどこか話についていけていない。

 未だにアースドラゴンの話をしているカイル達だが、話に新鮮さは既になく、周囲の反応も薄くなっていた。


 だというのに、アカネは話の一つ一つに大袈裟な反応を見せる。

 まるで初耳だと言わんばかりのその態度にカイルは気を良くしているが、周囲からは少し浮いていた。

 

「す、凄いでござるね……」

 

 浮いている事を察したのか、アカネは体を小さくして目を泳がせている。


「どうしたんだ、あいつ……」


 アカネはアースドラゴンの話だけでなく、他の話にもいまいちついていけていない。

 それでもアカネは持ち前の明るさでなんとか乗り切っていた。だが、やはり周囲と話が噛み合わないのは辛いようで、時間が経つごとに段々と元気がなくなっていった。


「帰ろ?」


 放課後。ルナはアカネを一瞥した後、俺の手を引いてそう言った。


「用事がある」


 俺はアカネを指差してそう答える。

 ルナの反応が怖かったが、様子がおかしいアカネを放置するわけにもいかない。


「そう……」


 ルナはアカネを見ながら顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「私はいない方が良い?」

「そう、だな……二人の方が話しやすいかもしれない」


 昨日の一件を話すと、どうしてもアカネの特殊な性癖に触れる。

 友達に知られても良いとアカネが考えているとは思えないし、既に知ってしまった俺だけの方が話しやすいだろう。


「わかった」


 ルナは俺の肩に手を引きぐっと引き寄せた。


「浮気は絶対だめだから。もししたら死刑」


 ルナは物騒な事を耳元で呟いた後、頬に軽くキスをしてきた。


「わかってるよ」

「なら、良い。今日中にアカネを元に戻してね」


 そう言い残し、ルナは教室を出て行く。

 俺はそれを見送った後、アカネにメールを送った。

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