証拠品

 話の内容が内容なので、人目を気にして校舎裏にアカネを呼び出した。

 しばらくすると、アカネは姿を見せたが、警戒しているのか、俺から少し距離を取っている。

 

「アカネ――」

「申し訳ないでござる!」

 

 アカネは俺の言葉を遮り、ガバッと頭を下げた。

 

「ア、アカネはお金に困っていて、それでクオン殿の監視の依頼を受けたでござる。どうか、依頼人の素性だけは――」

「……またカイルに依頼されたのか?」

 

 アカネはぽかんと間抜けズラを晒し、段々とその表情を青ざめさせた。

 

「おい、ちょっと待ってくれ。冗談で言ってるんだよな?」


 アカネは気不味そうに目を泳がせている。

 俺はその態度を見て、冗談ではないと悟った。


「なんで俺の監視なんか……これで二回目だぞ……」

「二回目……?」

 

 アカネは弱々しくそう呟く。

 ふと顔を覗くと不安そうに目を潤ませていた。

 

「アカネの借金も俺が肩代わりしてやったろ? またどこかで騙されたのか?」

 

 友人が借金に追われている姿を見たくなかった俺は、金銭感覚が壊れている事も手伝って、全て肩代わりして一括で返済した。

 

「クオン殿が……?」

 

 アカネはどんよりとした雰囲気を醸し出しながら、じっと俺を見ていた。

 どうやら、アカネと話が噛み合わないのはカイル達だけではなく、皆が皆噛み合わないようだ。


 俺は不安そうにするアカネに向かって、出来る限り優しい声色で言う。

 

「詳しく話してみろ。ゆっくりで良いから、な?」

 

 俺は扉の前の階段に腰掛けて、アカネも座るように促す。

 素直に隣に座ったアカネは、ぽつぽつと話し出した。

 

「クオン殿……その、気味悪がらないで聞いて欲しいのでござるが……」

「大丈夫だ。引いたりしないから」

 

 アカネは一瞬笑みを浮かべた。

 

「アカネは記憶が抜けているようでござる……」

 

 俺は内心の動揺を隠して頷く。

 

「おかしいとは思っていたのでござる。クオン殿達が何を話しているのかよくわからなかったし、カイル殿達とも話が噛み合わない」

 

 それに――と、アカネは続け。

 

「朝起きたら、部屋に男物のパンツが飾っていたのでござる」


 そう言ったアカネの顔は恐怖で歪んでいた。

 

 アカネは冗談を言っているような雰囲気ではなく『それは俺のパンツだ』とはとても言えない。


 記憶が抜けたというのは、冗談でも嘘でもなく、本気で言っているようだ。


「昨日何があったんだよ……」


 特殊な性癖がバレた事で強い羞恥がアカネを襲ったであろう事はわかる。

 だが、それで記憶が飛ぶとはどうしても思えない。詳しいわけではないが、人間の脳はそこまで脆弱ではないはずだ。

 

「も、もしかすると……アカネは昨日部屋で――」

 

 アカネは流れる涙を拭いながら、弱々しい声で言う。

 

「男に襲われたのかも」

「え、いや……」

「だって、そうじゃないと、あのパンツの存在が意味不明でござる!」

 

 アカネは自分の身体を抱きしめながら取り乱しだした。

 

「部屋で見知らぬ男に襲われて、そのショックで記憶が飛ぶ……それを証明するのがパンツでござるよ!」

 

 俺は暴走するアカネの話を聞きながら天を仰いだ。

 昨日、重大な何かがあったのは間違いない。記憶が飛ぶなんて事がそう易々と起こるはずがないのだから。

 だが、アカネの予想は検討外れだと断言できる。話の裏付け使われたパンツはアカネが盗んでいった俺のパンツだからな。

 

「怖い……怖いでござる……が、学園に報告して犯人を――」

 

 ふらふらとした足取りで校舎に入ろうとするアカネを、俺は咄嗟に抱きしめた。

 パンツだけで持ち主を炙り出せるとは思わない。だがそれでも、強姦魔の犯人として疑われるのは心臓に悪すぎる。

 

「アカネ、とりあえず落ち着け。ほら、ゆっくり深呼吸してみろ」

 

 俺がそう言うと、アカネは俺の胸元に顔を押し付けたまま、言われた通りゆっくりと息をする。

 少しくすぐったかったが、その動きに合わせて背中をさすってやる。

 しばらくすると、アカネの身体から震えがなくなった。

 

「落ち着いたか?」

 

 アカネはコクリと小さく首を縦に振る。

 

「なら良かった。俺も協力するから、何で記憶が抜けたのか調べよう。何が起きているのかよくわからないし、学園を頼るのはもう少し詳細がわかってから、な?」

 

 もう一度コクリと頷く。

 なんとか学園に俺のパンツを証拠品として回収されるのを回避出来た。

 

「原因に心当たりはあるか?」

 

 アカネは俺の言葉を無視して、深呼吸を繰り返している。

 段々と息遣いが荒くなり、俺の背中に腕を回した。

 

「……アカネ?」

「すぅ……はぁ……んっ……良い匂いでござる……」

「お、おう」

 

 アカネの息遣いに熱が帯びてきた。

 俺は少し距離を取ろうと、やんわりとアカネを遠ざけるが、アカネは腕に力を入れて離れようとしない。

 

「クオン殿、お願いがあるでござる」

 

 アカネは上目遣いで俺を見る。

 その表情は弱々しく、庇護欲をくすぐるものだった。

 

「もし……犯人が戻ってきたらと思うと……自分の部屋に帰るのが怖いでござる」

「まぁ、確かにな」

 

 アカネは部屋に見知らぬ男が入ったと考えているのだ。怖くて帰れない気持ちは理解できる。

 

「だから……クオン殿の部屋に匿ってほしいでござる。その……クオン殿の匂いを嗅いでいると、妙に安心できるので……」

 

 アカネは顔を赤くしてそう言う。

 快活な女の子が見せる弱々しい態度に、俺の頭はくらくらとしてくる。

 

「ああ、良いぞ。しばらくうちで暮らせ」

 

 こんな態度でお願いされて断れるほど、俺は強い意志を持っていない。

 それに、アカネをこのまま放っておくわけにもいかないし、俺の部屋にはルナもいるので問題ないだろう。

 

 

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