うがー
緊張すると俺の背中に顔を埋める。
そんな謎の習性を持つに至ったアカネは、食事中にも関わらず、碌に食べもしないで、俺の背中に顔をめり込ませていた。
「はぁ……ふぅ……」
「お、おい――」
くすぐったくて体を捩ると、表情を無にしていたルナと目が合う。
「うがー」
ルナは口を広げて歯を見せた。
その獲物は目の前の料理ではない。明らかに俺だ。
「やめろ……」
「うがー」
俺は近づいて来るルナの頭を片手で押さえた。
だがルナは、頭を押さえても、うがうがと言いながらぐりぐりとにじり寄って来る。
「兄さん! これ、美味しいです」
恐る恐ると言った様子で親子丼を口にしたレイナがパッと表情を輝かせる。
その表情は実際の年齢よりも幼く見え、スプーンで食べている事も手伝って、子供のような愛らしさがある。
「レイナは良い子だなぁ……」
アカネは背中に顔をめり込ませ、ルナは噛みつこうとしてくる。
そんなカオスな状況でも、お行儀良く食事を楽しんでいるレイナを見ていると、思わず呟いてしまった。
「えへへ……」
俺の言葉を聞いたレイナは照れ臭そうに笑う。
「流石は俺の妹だ」
自然と手がレイナの頭上に伸びる。
優しく撫でてやると、レイナは気持ちよさそうに目を細めた。
「うがーーっ!!」
俺達のやり取りを見て、ルナはより一層力を入れて噛みつこうとしてくる。
「はうっ……ちょっと汗臭いでござる。でも、それが……」
両手が塞がった俺の隙を突き、アカネが俺の脇に顔を埋めて匂いを嗅いできた。
「兄さん、どうかしましたか?」
疲れた顔をする俺を見て、レイナはきょとんと首を傾げる。
「どうしたって、お前――」
「き、君達は何をしているんだ?!」
俺の言葉を遮った声の主に目を向ける。
そこには、カイルと愉快な仲間達の姿があった。
「アカネ……」
アカネを見るカイルの顔は引き攣っていた。
やはり、臭い臭いと言いながら、脇に顔を埋めて鼻息荒くしているアカネの行動は、理解しがたいのだろう。
「不純異性交遊……学園を何だと思ってるの?」
顔を真っ赤にするカレンに袖を掴まれているルリが、じとっとした目で責めるようにそう言った。
「お前達がそれを言うのかよ……」
側から見れば大した差はないはずだ。
「一緒にしないで! 私達はそんな事しない!」
カレンに強い口調で言われ、自分の状況を省みた俺は、静かに頷くことしかできない。
「確かに、俺達の方がめちゃくちゃだな」
俺はルナとアカネに迫られながら、レイナの頭を撫でている。
片やカイル達は、共に行動しているだけだ。
「そうよ! 学園の評判が落ちるから、変な事はやめなさい!」
カレンがそう叫ぶと、渋々といった様子で二人は俺から離れた。
俺もレイナの頭から手を引こうとしたが、レイナはその動きに合わせて頭を動かしてついてくる。
「レイナは可愛いなぁ……」
「んふっ」
「何してるのよぉぉぉおおお!!」
より一層顔を赤くしたカレンが叫ぶ。
「君達兄妹は、常識ってものが欠けてるんじゃないかい?」
カイルは呆れたように溜息を吐いた。
ルリも頷いてカイルの言葉を肯定している。
「私もそう思う。そういうのは恋人にするべき」
ルナまで敵に回ってしまった。
アカネも苦笑しながら俺達を見ている。
「し、仕方ないだろ。甘えてくる妹に優しくするなんて、兄としての勤めというか……」
俺の適当な言い訳を聞いて、レイナは「勤め……」て呟いた後、
「兄に甘えるのは妹の勤めです。カイルさん達はそんな事も知らないんですか?」
挑発するような目つきでカイル達を睨み、刺々しい口調でそう言った。
俺はカイルに対して妙に刺々しいレイナに驚きながらも、どこか納得していた。
(まぁ、クオンの代わりだったら、そうなるか……)
やはり、レイナはカイルに悪感情を抱いているようだ。
普段のふわふわとした雰囲気が、カイルの前だと刺々しくなるのが良い証拠だ。
哀れに思った俺は、気づけばより強くレイナの頭を撫でていた。
「また――」
カレンが責めるような視線を向けながら口を開くが、それを遮って――。
「うがーーっ!!」
ルナがかぷりと俺の首元に噛み付いた。
痛みと羞恥で動揺する俺に畳みかけるように、アカネがすっと脇に顔を埋める。
「…………二人とも、行こ」
「うん」
「そ、そうしようか」
表情が抜け落ちたカレンに手を引かれ、カイル達は退散していく。
「とりあえず……場所を変えようか」
万が一、耳攻めまで始まると、俺の心が保たない。
「場所を変えるっ?!」
カレンの今日一番の叫び声は、食堂中に良く響いた。
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