怖クオン

 ――翌日。

 今日も四人で固まって座っていると、カイル達に刺々しい視線を向けられた。

 

「なに、あいつ……」

「気分が悪いでござる」

 

 睨み返すまではしないものの、二人は不機嫌な態度を隠そうとはしない。

 

(まぁ、昨日のあれじゃあ仕方ないか……)

 

 俺は深くため息を吐いた。

 

「兄さん」

 

 隣に座ったレイナが俺の手を握った。

 俺が座ってすぐにレイナが隣に座ったので、今日は、レイナ、俺、ルナ、アカネの席順だ。

 

「どうした?」

 

 俺がそう言うと、レイナはニコッと微笑む。

 

「なんでもありません」

「そうか」

 

 レイナは時折、意味もなく俺に触れてくるようになった。人目は気にしてほしいところだが、嬉しそうなレイナに俺は注意出来ずにいた。

 

「アカネ」

 

 ルナがアカネの名前を呼ぶ。

 

「どうしたでござるか?」

「そろそろ、呪いの正体を解明するべき」

 

 首を傾げるアカネを見て、ルナはこっそりとカイルを指差す。

 

「やっぱりカイルが怪しい。あんなにムカつく奴を好きだったなんて、絶対におかしいもん」

「……ルナ殿が掛かっていたという呪いでござるか。確かに……」

 

 迷探偵ルナに導かれ、アカネもカイルを疑うような発言をするようになった。

 だが、それはまだ疑惑の段階であり、確証はない。

 

「アカネ。カイルの匂いを嗅いできて」

「……うん?」

「アカネは多分、私と同じ呪いをかけられている。少し効果は弱めだけど」

 

 ルナの態度は真剣そのものだ。

 対するアカネは、疑問を感じたのか首を傾げている。

 

「クオンとカイルが関係してるもん。間違いない」

「ア、アカネの場合はクオン殿に嫌悪などないでござるよ? それどころか――」

 

 アカネはチラッと俺を見てきた。そして、頬を赤く染める。

 

「あざとい」

「いたっ」

 

 ルナにぺちっと頬を叩かれたアカネは慌てて言い直した。

 

「ルナ殿は確か、カイル殿に好意があって、クオン殿に嫌悪があったはず。アカネとは違うでござる」

「呪いが……失敗して効果が反転……?」

 

 このままでは迷宮入りしそうだと感じた俺は、助け舟を出す事にした。

 

「アカネは記憶喪失なだけで、ルナの時とは違うだろ。多分、頭を打ったとか、怖いものを見たとかじゃないか?」

「じゃあなんで、クオンの匂いで落ち着くの? 臭ければ臭いほど良いとか言うんだよ?」

「……知らん」

 

 アカネの性癖を知ってしまった俺とは違い、ルナはどうしても匂い関連で引っかかってしまうようだ。


 俺は諦めて二人のやり取りを眺めていたが、話はいつまで経っても平行線だった。


 呪い呪いと聞いているうちに、ふと一つ、確認すべき事柄を思い出す。


「二人ともちょっと来てくれ」


 立ち上がった俺を見て、二人も立ち上がった。

 そのまま教室を出ようとすると、レイナもついてこようとしたので止める。


「レイナは少し待っててくれるか? あまり妹に聞かせたい話じゃないんだ」

「わかりました……」

 

 しゅんとするレイナには申し訳ないが、レイナがいては話せない内容だ。

 

「二人はレイナを見てどう思った?」


 教室を出てそう問いかけると、ルナは胸を張って答える。

 

「私の妹」

 

 言い切ったルナの表情には迷いがない。


 昨日、ずっと膝枕をして、頭を撫でながら、二人で話していたのは知っていたが、ここまで絆されているとは思わなかった。

 

「いや、そうじゃなくてだな……第一印象だよ」

「うーん……」

 

 ルナは難しい顔をして言い淀んでいる。

 

「苦手だな、と思ったでござる。理由はわからないのでござるけど……あっ、もちろん今は好きでござるよ!」

 

 代わりに答えたアカネは、慌てた様子で手をぶんぶんと振った。

 

「ルナもか?」

「……うん」


 俺は二人の答えを聞いて、やはりそうかと頷く。


「呪いにかかってるのはアカネじゃなく、レイナだな」

 

 俺がそう言うと、ルナは顔を引き攣らせた。

 

「クオンの時と同じ?」

「そうだ」

 

 おそらく、今のルナが以前とは違い、疑問に思っても消えない嫌悪をレイナに抱いていないのは、ルナが本来のルナの役目から解放されたからだろう。


 俺の時も、感じる嫌悪はカイルに近い人間ほど強烈だった。例外はアカネだが、アカネは原作でもクオンを強烈に嫌っている描写はないので、元からそういった強い感情は植え付けられていないのだろう。

 

「あれはキツイからな……二人ともレイナと仲良くしてやってほしい。俺もあの時、随分ルナに救われたからな」

「でも、私、いっぱいクオンに嫌いって言ったよ……?」

「それでもだ」

 

 悪意に晒されながら一人ぼっちというのは辛い。

 逃げるつもりだった俺がまだ学園にいるのは、あの時ルナが一緒にいてくれたからだ。

 

「もちろん、レイナと仲良くする。私の妹だもん」

「アカネもでござるよ! さぁ、レイナ殿を一人にするのは止めでござる。戻るでござるよぉ」

 

 アカネはニカっと快活な笑みを浮かべ、俺達の手を引いて教室に戻っていく。


 教室に入ると、すぐにレイナが視線を集めている事がわかった。カイルを中心とした不躾な視線だ。

 そんな視線の中、レイナは太々しい表情をしている。

 だがそれは、緊張の表れだ。よく見れば、手が震えているのがわかる。


「レイナ、悪い。戻ったぞ」

「兄さん……!」

 

 レイナはぎゅっと俺の手を握る。

 太々しかった表情は、安心したのか弱々しくなった。

 

(やっぱり、悪意に晒されるのは辛いよな……)

 

 今思えば、甘えん坊なのは、普段悪意に晒されている反動なのかもしれない。


 俺は人目も憚らずレイナを抱き寄せた。

 レイナは俺の胸元に頭を置いて、安心した様子で目を閉じている。


「君達は本当に……」


 わざわざ近づいてきたカイルが、呆れ顔で俺達を見ている。


「順位戦に僕が勝ったら、学園でふしだらな事は――」

「黙れ……っ!」


 俺が静かに凄むと、カイルは目を丸くした。


「お前に用は無い、消えろ」


 何かを言おうとしているのか、口をぱくぱくさせていたカイルだが、何も言う事なく仲間達のもとに戻っていく。


「……今のは良かった。怖クオンは久々」

「怖クオン……ありでござる」


 俺は二人から顔を逸らした。

 自分の顔が真っ赤になっている事がわかったからだ。


 

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