第27話 魔女は人界の泥を見る
スイが動けるようになったところで、クーシンは再びヴァンドーズ伯爵の屋敷を訪れていた。
今度は伯爵ではなく、最初からラウディに面会の約束を取り付けてある。
「そういうわけで、マリーノは完全に滅びました。探しておられた『聖女の頭蓋骨』らしきものは見つけられませんでしたが……」
「ああ、無いなら無いで構いません。そう返答するだけですし」
もとよりあまり興味は無かったらしく、軽く肩をすくめて終わるラウディ。
それよりも、と身を乗り出してクーシンに問う。
「兄は、手ごわかったですか?」
「まあ、そうですね」
ちょっと見栄を張って答える。
本心で言えば、手ごわいなどというレベルではない。
魔力量では2人がかりでも完全に敗北していた。マリーノの性格上肉弾戦もしてこなかったし、魔法の技術も戦術もつたなかったから何とかなっただけだ。
「そうですか。よかった」
「はぁ? よかった?」
あまりに晴れやかな顔で言われたので、つい素の反応を返してしまう。
ラウディはその無礼を気にせず、解説を始める。
「兄は、実力のわりに自己評価ばかりが先に立つタイプでしたからね。普通に生きていたら、一生あなた方"神に愛されし者"を下から眺め、憤りながら老いていったでしょう」
そういうタイプだということは確かによくわかる。
確かに、自分を過大評価するような、クーシンを必要以上に敵視するような言動ばかりだった。
「そんな兄が、一瞬だけでもあなたたちと肩を並べた。すごいことですよ。魂を捨てたとしても、兄としては幸せだったでしょう」
そんなくだらない自己満足のために、何人犠牲になったのか。
儀式に使われて無残な姿となったメイド、魔法で姿を変えられて襲われた男たち、勇敢にたたかったが殺された神官兵たち……
「ありがとうございました。ああ、マリーノの屋敷にあったものは好きにしてください。当家とは無関係なので」
そんな犠牲などどうでもいい、言いたいことは言い終わったので、とばかりに席を立つラウディ。
スイが目で止めているのがわかっていたから、クーシンは何とか当たり障りのない挨拶をして屋敷を出る。
本音を出すのは、スイが馬車を走らせ始めてから。
「ふっざけんな!!」
クーシンもキミリアも、本当にあと一歩で死ぬところだったのだ。
そうでなくても短い命を、どうしてくだらない自己満足のために狙われなければいけないのか。
そして、それをした者を非難せず、称賛しつつも自分は無関係だと笑って逃げていく者たち。
誰もかれも、"神に愛されし者"という立場をクーシンとキミリアに押し付けてくる。こっちは、必死で生きているだけなのに。
「あたしたちには、時間がないのに」
時間が欲しい。
この瞬間にも終わる様なはかない時間ではなく、もっともっと心行くまで触れ合える長い時間が。
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