第19話 偽乙女はメイドを喰らう

 大神殿があるのは王都貴族街の西の端、商人街の境目である。貴族も庶民も受け入れるためには最良の立地である、らしい。

 しかし、ノワーズ男爵家の王都別邸は貴族街の東の端、つまり反対側。

 貴族街を突っ切るようにして帰ってもいいのだが、夜会をしている高位貴族の屋敷に近づくのも面倒なので、貴族街の外側を大回りして帰ることにした。

 ノワーズ式馬車の性能確認にもなることだし。

 王都の外よりマシだが、道の質は最上とは言えない。それでも、じっくり考え事ができる程度に揺れは抑えられていた。


(なんというか、変な事件よね)


 クーシンが考えるのは、もちろん先ほど大神殿で遭遇していた事件のこと。

 あの後神官らに頼まれて、神殿が確保していた被害者らにかかっていた幻覚も解除した。幻覚は本当に全員が寸分違わず同じ少女の姿だったが、中身は当然別々。ただ、全員が成人前後ぐらいの若い男性で、首からの出血で亡くなっているという共通点はあった。

 大工のベネスも、衛兵が来るのがもう少し遅ければ遺体の列に加わっていたのだろう。


 犠牲者たちの身元はこれから衛兵達が確認するとの事だが、服や持ち物は結構バラバラなので無差別に選ばれている可能性が高い。

 若い男を狙って自分と同じの姿に変え、演技指導してから殺す女の子。魔法の組み立て方は雑だが、魔力量はクーシンやキミリアと同等か、それより多いかもしれない。


(あ、女の子とは限らないのか)


 もしかすると、犯人は自分自身の姿も幻覚魔法で変えているのかもしれない。そうなると、幻覚を解除するだけで別の姿になるからますます捕まえるのは難しいが。


(お兄様には気をつけてもらわないとね)


 兄はもう少しで成年する若い男だ。狙われている層に一致する。しばらくは夜に出歩かないよう警告した方が良いかもしれない。


 そんな風に、クーシンがどこか他人事として考えていた時、馬車が急に左右に揺れた。


「ちょっと!」

「襲撃! 女! さっき見た顔です!」


 スイに文句を言おうとすると、要点だけに絞った報告が返ってきた。

 揺れに気をつけながら窓に顔を近づける。まばらな街灯に照らされた衛兵が見えた。

 尋常な衛兵ではない。

 今、スイは襲撃者を振り切るために速度を上げている。それに走ってついてきているのだ。そのうえ、


「ノワーズ、死ね!」


 馬車の車輪に向かって蹴りを放つ。ノワーズ式でも抑え切れない揺れ。

 車輪を1つ失った馬車は車軸を石畳で削りながら止まる。

 スイはひらりと御者席から飛び降り、ナイフを構える。


「お嬢、どう見えてます!?」

「衛兵の男」


 クーシンは居室のカゴから這い出しつつ答える。

 スイはさっき見た顔の女だと言っていたが、クーシンが見えているものとは違う。つまり、あの幻覚魔法をかけられているのだろう。


「じゃあ、犯人のお出ましですかね」


 若い男を女の子の姿に変えて殺す殺人鬼。しかし、この場に若い男はいない。ならば、どうするのか。


「死ね、ノワーズは死ね!」


 ノワーズ男爵令嬢だから殺そうとしているのか、女だから殺そうとしているのか。

 いずれにせよ、男は3歩の距離を1歩で詰めてスイを狙う。

 防御が間に合わなかったらしい。スイの頬から血がしぶく。

 2撃目はナイフを突き出す事で受ける。が、男はそれを見て右拳を止め、左の手刀をスイの手首に落とす。

 取り落としたナイフが澄んだ音を立てて道に転がる。

 右手を振りつつ、スイが問う。


「タッパはどんなもんで?」

「タッパ?」

「身長です。背の高さ!」

「高い。スイより頭1つ分ぐらい!」


 答えながらクーシンは気付いた。スイには、男の姿が見えていない。幻覚で少女の姿を見せられているからだ。

 同じ動きをするから、拳を構えて突き出そうとしているのは分かる。でも本当の腕の高さや長さは見えないので攻撃を上手くさばけない。


 男の前蹴りを、スイは下がってかわす。クーシンに聞いた身長から、本当の間合いを推測しているのだろう。

 しかし、下がりすぎていて攻撃には繋げられない。


 クーシンのメガネを渡せば良いが、そんな余裕はない。幻覚魔法を解除するにも、神殿で見た時のことを考えると結構な時間がかかる。

 クーシンは早口に呪文を唱える。


「ほのかな灯りよ。飾り立てよ」


 爪の先から放たれた光の泡が、男を柔らかく包み込んだ。

 元々は夜のパーティーでも主賓を目立たせようとして作った魔法だ。

 攻撃力もないし、まぶしさで目をくらませるわけでもない。ただ、身体の周りにまとわりついてぼんやり光るようになる。

 クーシンから見れば、男が光で縁取られただけだが……


「いい援護です!」


 男が踏み込みながら放った拳。スイは下から腕を差し入れ、巻くように軌道をそらす。

 しっかり相手の体が見えているからこそできる動きだ。

 男の姿は見えないままだろうが、クーシンの魔法の光はスイにも見えている。身体の輪郭が見えていれば、対応がグッと楽になる。


 スイは1歩踏み込んで男の腹に拳を埋める。男の身体が大きく折れた。が、まだその動きを止めはしない。


「なかなか丈夫ですね。手応えは良かったんですが」


 振られた手刀を髪一筋で避け、手首をつかむ。

 後ろに周りこみながら足を蹴り、膝をついたところで背中を踏みつける。


「お嬢、周りを警戒してもらえます?」

「居ないと思うわよ」


 襲撃者の増援が無いと断言はできないが、見える範囲ではその様子はない。周りの家々も、巻き込まれるのを警戒してか静寂を保つ。


「衛兵には来てほしいんですけどね。ずっと拘束しとくのもしんどいし」

「気絶させちゃえば?」

「あんまり痛めつけ過ぎると文句を言われることがあるんですよ」

 

 そんなちょっと物騒なことを言っていた時。


「ノワーズ、死すべし」


 ゴキリと鈍い音がした。

 自ら肩を外したのだ。


 流石に息を飲んだスイ。左手でその腕をつかんだ男は、スイにかじりついた。

 男の歯が侍女服を食い破り、意外と白い肩を赤い血が彩る。


ヤクでもキメたか?」


 あえて肩はかじらせたまま、スイはナイフを抜いて男の左肘を刺す。これでもう、両腕が使えない。

 腹を蹴って男を引き剥がし、膝に足を踏み下ろす。男の足が、あらぬ方向に曲がった。


「念のため、こっちも折っときますか」


 残る右足も踏み折るスイ。しかし、クーシンにはやりすぎだとは思えなかった。

 両手両足を失い、なお男は動こうとしている。痛みに悶えているのではなく、攻撃の意思を持ってスイを睨め上げている。


「なんなの、こいつ……」


 クーシンの呟きに答えるように、衛兵たちが駆けつけてきた。

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