第4章 吸血鬼は魔女を憎む
第18話 魔女は乙女?を問い詰める
「なに、してるの?」
クーシンの第一声はそれだった。
まだ秋だというのに、冬の朝の凍てついた水たまりより冷たい声だ。
しかし声をかけられたキミリアの方は気にせず、いつものふにゃっとした笑みを見せる。
「あ、クーシンさん。眼鏡をおかけになったんですね。カッコいいと思いますよぉ」
「ありがとう。って、そうじゃなくて!」
一瞬キミリアの雰囲気にのまれかけたが、メガネのつるを撫でて気を取り直す。
「そいつから、さっさと離れなさい、キミリア!」
ベッドのそばの椅子に座ったキミリアに、若い男が抱きついているのだ。
ベッドの上にいるし、ちょっと青い顔をしているので体調は良くないのかもしれない。しかし、それでもうら若き聖女に男が抱きついていい理由にはなるまい。
すぐ後ろには世話係のウルスラもいるのに、どうして止めようとしないのか。
いきどおるクーシンの肩を、スイが叩く。
「いや、お嬢。キミリア様は泣いてる女の子を慰めてるだけっすよ。やきもちにしてもそんなに怒んないで……」
「女の子?」
クーシンの疑問形の声に、男の方が反応した。
キミリアに抱きついたままだが、顔をクーシンの方に向けて問う。
「もしかして、俺の姿が見えてる?」
声自体は女の子じみて高いが、口調は男だ。
「無精ひげの男が聖女様の胸に顔をうずめて鼻の下伸ばしてる姿がよっく見えてるわよ!」
クーシンの言葉に、スイもキミリアも、ついでにウルスラも驚きの声をあげる。
「へ?」
「「え?」」
「やった! やっと俺の本当の姿が分かる人が! お願いです! 助けてください!」
ようやくキミリアから離れ、今度はクーシンに抱きつく男。
反射的に手が出たが、クーシンの拳が当たった程度でどうなるような体格ではない。
つかまれた勢いでメガネがズレる。
するとメガネのなくなった視界では、白いワンピースを着た長い黒髪の少女が目をうるませている。
彼女の手はクーシンに差し伸べられ、何かをつかみかけた形で止まっている。
クーシンの肩には、力がかかっている感触がある。でも、普通につかまれるのとは違う変な感じだ。
(あ、幻覚なんだコレ)
最近かけ始めたメガネだが、別に目が悪くて見えないわけでは無い。
最近化け狸と出会ったことから、幻覚魔法の効果を受けないメガネを作って常用しているのだ。
話がかみ合っていなかった訳は分かった。なにせ、少女は『病弱な深窓の令嬢』を形にしたようなはかなげな容姿をしている。それを『無精ひげの男』呼ばわりしていたクーシンはかなり奇妙に見えただろう。
理由は分かったが、肩をゆすられるのは止まらない。
「ちょっと落ち着け!」
魔法で雷を薄く自分の身体にまとわせる。パチンとはじける音がして、少女は手を引っ込めた。
ちょっと、とウルスラのとがめる声を無視してメガネをかけなおす。
メガネごしの視界では、やっぱり無精ひげの男がしびれた手を振っている。
「話を整理しましょう。まず、あんた誰?」
「その、俺はベネスと言って、大工っす。昨日の夜、仕事帰りに一杯ひっかけてから家に帰ろうとしたら、家の近くの暗がりに入ったところで襲われて」
かなり砕けた口調で男、ベネスは話し始める。一応敬語であるあたり、雷の魔法はそこそこ痛かったのかもしれない。
「襲われた、って具体的には?」
「後ろから殴り倒されたんすよ。あんだけ痛かったのは、3年ほど前に南町のク……、連中とやりあった時以来で」
だんだんノッてきたのか、ペラペラしゃべるベネス。
キミリアはなんだか忙しそうに目を瞬かせている。クーシン以外にはまだはかなげな少女に見えているから、外見と話し方が合わなさすぎるのだろう。
「で、痛みで頭がグラングランしてる間になんか魔法をかけられたんすよ。そしたら、この姿になってたって訳で」
「魔法をかけた相手の姿は見た?」
「同じ姿っす」
「は?」
「だから、相手と同じ姿に変えられちまったんです。あ、服装は違ったな。こっちは白いワンピースですけど、向こうはなんつーか貴族っぽい感じで」
ようやく違和感を克服できたのか、ウルスラがメモを取りながら質問に加わる。
「ドレスという事ですか?」
「いや、男の貴族の格好。黒いコートとスーツでスカした感じで、『その姿にふさわしい悲鳴をあげよ』ってえらそーに言ってきまして」
「……そういえば、あんたからみて、今のあんたってどんな風に見えてんの」
これは純粋に興味からの質問。
「透明になって女の子を上から眺めてる感じっすね。元々の手とかも見えてないんすけど、感覚はあって。動かすと、女の子のほうも同じように動きます。顔とか足とかも同じかんじっすね」
本人からも、本人の元々の身体は見えないらしい。
透明化の魔法で元の姿を隠して、幻覚魔法で少女の姿を重ねているのだろう。幻覚の少女がちゃんと本人の動きを真似るあたり、芸が細かい。
「それだと、顔は見えなくない?」
「そうっす。見下ろすと、女の子も下を見るんで頭のてっぺんしか見えないっすね。だから、『その姿とか言われても見えねぇよ!』って言い返してやったんです」
誇らしげに言うベネス。
メガネをズラして確認すると、少女も得意げな表情を使っている。やはり、かなり凝った魔法だ。視覚だけでなく、聴覚や触覚にも影響しているようだし。
「そうしたら、相手が魔法で鏡を出してきて。それでやっと、そいつと同じ顔にされてんだなってわかった訳っす。でもそんなことしている間に、騒いでるの聞きつけた衛兵が来たんで、逃げていきました」
なんだかマヌケな寸劇みたいな話だ。わざわざ成人男性を女の子の姿に変えて、悲鳴をあげさせようとして上手くいっていないのだから。
「それで、なんで教会に?」
スイの疑問には、キミリアが答える。
「衛兵さんたちから、連絡をいただきまして。実は、同じ姿のご遺体が、この1か月で3体ほど見つかっているんです」
背筋が一気に冷えた。
マヌケな寸劇なんて言ってる場合じゃない。連続殺人だ。しかも、かなり悪趣味な。
「同じような女の子の遺体が?」
「同じような、じゃなくて全く同じです。顔も服も背も同じ。違うのは重さぐらい、でしたよね」
話を振られたウルスラがうなずく。
「それって、このベネスと同じ魔法をかけられてるんじゃないの?」
幻覚魔法のせいで姿は同じになっても、体重だけは変化がない、ということだろう。
クーシンの推測にキミリアもうなずく。
「多分、そうだと思います。でも魔法解除では何も変わらなかったそうで」
「手ごたえは?」
「てごたえ?」
「解除できなくても、魔法がかかってるけど強すぎて解除できないのか、元々かかってないのかぐらいは」
普通に分かるでしょ、と続けようとしたクーシンに、スイがストップをかける。
「お嬢、お嬢。それ、普通は分かんないです」
「そういうもんなの? でも、キミリアなら分かるでしょ?」
「わたしが試したわけじゃないので……」
同じ"神に愛されしもの"なら分かる感覚だと思うのだが、はぐらかされてしまった。
「まあ、いいわ、ちょっと『視て』みましょ」
『視る』と言っても、実際の眼で見るわけではない。魔法の構造を感覚的に把握するのをこう言っているだけだ。
使っているときの感覚が"神に愛されしもの"の発作の時に近いので普段は使わないようにしているけれど、知らない魔法の仕組みを理解するには役立つ。
眼からすうっと何かが抜ける感覚を味わいながら、改めてベネスの方を『視る』と……
「うわぁ……」
「絡まったまま冷えたパスタみたいですねぇ」
美味しくなさそうな例えだが、なんとなく納得がいく。
幻覚魔法としてはものすごい効果なのだけど、クーシンでもやっとという魔力量でごり押ししているだけで、魔法の技術的な意味ではつたない。無駄につぎ込まれた魔力がもつれあって、どういうつもりで組んだ魔法なのか理解しづらいのだ。
クーシンが本気で考えて魔法をくみ上げれば、半分以下の魔力で同じ効果が得られるようにできるだろう。
とはいえ、解除するにはむしろ厄介だ。
からまったパスタの塊は、パスタを2,3本切ったところでほぐれないのと同じこと。
「あ、でも中の方は、意外とちゃんとしてますよ」
「あら、ほんと」
パスタの塊の奥には、綺麗に組まれた魔法の枠組みがあった。
「作った人が違うんですかね?」
「誰かがちゃんと作った魔法を、下手な奴が無理やり改造して使ってる感じかしら」
そんな想像を話しながら、ちゃんとしている枠組みを狙って解除の魔力を飛ばす。
狙い通り魔力が魔法の枠組みを壊して、形を保てなくなったパスタの塊ごと消えていく。
「お、やった!?」
「あー、本当に男の人だったんですねー」
皆にも、ベネスが元々の男の姿で見えるようになったようだ。
魔法で鏡を出してベネスに向けてやると、緊張していた顔がやっとゆるむ。
「助かったっす。このまま、女の子として生きてかなきゃいけないかと思いましたよー」
(口調を改めないと、すぐにバレそうだけどね)
そんなことを思いながら、とりあえず元に戻れたベネスを祝福するクーシンだった。
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