第35話 魔女は覇道を決意する
灯りの魔法がふっと消えて、クーシンは本から顔をあげた。窓の側では、椅子に座ったスイが月明かりに照らされつつうたた寝している。
夜半もとっくに過ぎているのだろう。渇きを感じたので、机の上のカップを傾ける。足りないが、無いよりはマシだ。灯りの魔法をかけなおそうかと思ったが、スイを起こしてしまいそうなのでやめておく。
代わりに、心の中で使い魔に呼びかける。
(キミリアは何してる?)
(もう寝てるよ)
そう答えるフェンフーの思念にも眠気がまじる。元々は夜行性のタヌキだが、かなり飼い主の生活に感化されているらしい。
(そうよね。目、貸して)
クーシン本人の眼を閉じると、見えてくるのは聖女の寝室。フェンフーの眼を借りているので、星明かりだけでもかなりハッキリ室内が見える。
しかし、体勢が悪い。フェンフーは机の下で丸まっていたようで、見えるのはベッドの縁と窓ぐらい。
(登ってよ)
(眠いのにぃ)
泣き言を言いながらも素直に立ち上がったフェンフーは、椅子を経由して机の上に飛び上がる。
視界が開け、ベッドで眠るキミリアの姿が見えた。枕から頭がずり落ちていて、横向きに身体を少し丸めて眠っている。
顔は向こうを向いているので見えない。フェンフーに回り込む指示を出そうかと思ったところで、キミリアが寝返りをうった。ついでにモゾモゾと身体をずりあげて枕に頭をうずめる。
起きたのかと思ったが、そうでもないらしい。そのまますぅすぅと寝息をたてている。
星の淡い光がキミリアのあどけない寝顔を照らす。が、窓際にいるフェンフーの影がキミリアの顔にかかってしまっている。
(フェンフー、ちょっと左。ああ、でも右に行った方が眩しくないかしら)
はっきり見たいという欲望と、キミリアが目を覚ましてしまわないかという心配がせめぎ合う。
使い魔はわざわざ思念でため息を1つ送って来てから、左に動いた。
キミリアの金の髪が星の光にきらめく。大きな瞳は閉じられているが、まつ毛が顔に影をおとす。すこし開いたくちびるをついばんでみたい気に駆られるが、フェンフーにやらせても仕方がないから止め。
この美しさを永遠にするためなら、何を犠牲にしても良いのではないかと思える。
(クーシン)
(何?)
(良くないと思う)
(……そうね)
寝顔を盗み見るのが、という意味ではないだろう。いやまぁ、覗き見も良いことでは無いのだが、クーシンが気にしているのは王太子との取引の方だ。
王太子のバラ園から出た後、馬車のすぐ前に待っていた侍女から薄い本を渡された。さらに、「必要な物があれば用立てる、とのことです」と伝言も。
本はすこし古びているが、しっかりとした濃茶の革で装丁され、表紙をめくると一枚目には西王国魔法協会の所蔵であり盗んだ者は呪いを受けると警告が書かれている。貸した方が忘れてしまうほど長期の借りっぱなしは盗んだうちには入らないのだろうか?
ともかく、それは魔法協会の協会長が言っていた『頭蓋骨に生前の知識を語らせる魔法』に違いなかった。
魔法の構成としては、頭蓋骨を媒体に死者の脳を魔法的に再構築するもの。しかし、脳だけでは人間として成り立たないので、頭蓋骨に内臓を魔法的に接続する必要がある。
内臓の質によって再構築される死者に影響が出るかもしれない、として色々と考察が書かれている。要するに、豚とかの獣の物は使えないし、なるべく鮮度が良い必要がある。それらの条件を考えると、マリーノの屋敷で見たような事になるのだろう。あまり、真っ当な魔法とは言い難い。
そして、それを「必要なら用立てる」と言えてしまう王太子。当然、王太子本人のモノを提供する訳ではない。背筋に走る嫌悪感。何よりも、自分自身が同類になろうとしていることに。
だから、キミリアを見る。
(多分、怒るだろうなぁ)
キミリアはきっと、クーシンよりももっと強く嫌悪感を持つだろう。なにせ彼女は聖女なんだから。
(でも、ね)
星に照らされたキミリアの顔から、マリーノとの決戦の時を思い出す。発作によって、魔力の光となっていくキミリアの姿を。
マリーノはそれを嘲った。自身の歪んだプライドを満たすために、虚偽をまき、吸血鬼になり、クーシンとキミリアを殺そうとした。
そのマリーノを利用していたのが王太子。クーシンを利用して吸血鬼になろうとしている一方で、キミリアとただ『聖女と結婚した』という対面のためだけに結婚しようとしている。
至聖教もまた、聖女キミリアと王太子との婚姻を通じて王家への影響力を強めようとしている。キミリアの意志とは関係なしに。
魔法協会だって、クーシンの遺す魔法にしか興味がない。
誰も彼も、自分たちを利用しようとしている。いつ発作が起きて魔力に変化して消えてもおかしくない2人を。
なら、こちらも彼らの命を利用して何が悪いのか。
(……ん?)
発作の事を考えていて、ふと気付く。これなら、上手く行くかもしれない。
(クーシン、ねえ、聞いてる?)
「お嬢、寝るんだったらベッドに連れてきますよ」
答えも待たずに、スイがクーシンを抱っこする。びっくりしてフェンフーとの感覚共有が途切れてしまった。
クーシン本体の目はつぶってフェンフーの視界を使っていたから、スイには寝ているように見えたらしい。
「あ、起きちゃいました?」
「元から寝てないわよ」
フェンフーにはもう寝ていいよとだけ思念を送り、目を開ける。スイの顔はいつも通りの笑顔で、少しだけ心が晴れる。
「まだやるんだったら下ろしますけど」
「ううん。流石に眠いから、運んでちょうだい」
「赤ちゃんじゃないんですから」
そんなことを言いながらも、スイはきっちりクーシンをベッドまで運んでくれた。
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