第30話 魔女は聖女を誘惑する

 大神殿に着くと、すんなりと聖女の執務室に通された。

 最近、大神殿のクーシンへの扱いはかなり良い。大神殿としては、吸血鬼の真祖に乗り込まれた時点で大失態。ましてや聖女が殺されるという歴史に残るレベルの汚点になるところだったのをクーシンの活躍で大逆転したのだ。そりゃ重要人物扱いもされようってもんである。

 そういうわけで、聖女が風呂から上がった直後という状況でも入室の許可が出るのである。


「クーシンさんが来そうな気がしてたんですよね」


 フェンフーをタオルで拭いてやりながら、キミリアが言う。クーシンはフェンフーにウィンクを飛ばしてから向かいの椅子に座った。


「そうなの?」

「クーシンさんが来る前は、フェンフーさんが騒ぐんですよ。フェンフーさんもクーシンさんが大好きなんですね、きっと」


 もちろん、フェンフーが騒ぐのはクーシンがやらせているのである。しかし、それを正直に言う必要もない。


「そうかもね」

(嘘つきー)


 騒がされているフェンフーから抗議の思念が飛んでくるが、無視する。


「それはともかく、忙しくないならちょっと街に遊びに行くのはどうかしらって誘いに来たのよ」


 キミリアの目が、探るように世話係のウルスラへと向けられる。ウルスラは渋い顔をしてクーシンの方に向かって首を振った。


「クーシン様、キミリア様は聖女として街中に知られているので……」

「うん、だと思う。だからこそあたしが誘いに来たの」


 キミリアが普段から自由に街をブラつけるようなら、あまり意味がない提案なのだ。

 だから、ウルスラの態度に勢い付けられてクーシンは言葉を続ける。


「マリーノが使ってた幻覚魔法を覚えてるでしょ?」


 この一言だけで、キミリアの顔に理解の色が広がる。キラキラの目で見上げてくる彼女の顔を見て、クーシンはにんまりと微笑んだ。


「もしかして……」

「マリーノのノートにあの魔法も構成が書いてあったの」

「じゃあ、使えるんですね!」

「そういうこと。マリーノみたいに男の人を女の子に見せかけたりするのはちょっと大変だけど、顔を少し変えてやるぐらいなら大丈夫」

「なるほど、顔がある程度違えば聖女ってことを誤魔化せると」


 スイも口添えしてくれたので、改めてウルスラに向き直る。彼女も、マリーノの幻覚魔法の効果のほどはよく知っているはずだ。


「これなら、街にちょっと出ても大丈夫ですよね?」


 しかし、ウルスラはまだ首を縦に振らない。


「顔だけだとちょっと……」

「何か問題が?」

「ええと、キミリア様の私服がですね」


 そういうと、ウルスラは自分の黒い修道衣の袖を振って見せる。


「純白の修道衣は、聖女様だけに許されています。逆に言うと、着ているだけで聖女だとバレます」

「他に服がないの⁉︎」

「ありますよぉ」

「いや、孤児院の農作業に使ってる服で街歩きというわけには……」


 その感覚は、確かに正しい。いくら聖女と顔が違っても、いや違うからこそ問題になるだろう。クーシンとしても、野良着のキミリアと喫茶店に行きたいわけではない。


「じゃあ、まずは服を買いに行きましょう」

「でも、服を買うにも……」

「買いに行くまでは、服も幻覚でなんとかしましょ」


 元々、マリーノは顔も服も体格までも幻覚で変更していたのだ。顔と服ぐらいなら、クーシンの魔力量でも可能なはず。

 そんな計算を察したのか、キミリアが小首をかしげる。


「大丈夫ですか?」

「まぁ、何とかなるわよ」

「一緒にやりましょう」


 キミリアはスッと手を伸ばし、クーシンの強がりを止める。


「2人でなら、そんなに負担にならない。ですよね?」


そう言われると、クーシンの方としても拒むことはできない。伸ばされた手をそっと包み込む。間に挟まれたフェンフーが何か言いたげにお腹をポンポンしてくるが、無視だ。


「じゃあ、魔法の制御はあたしの方でやるから」

「はい、お願いします。可愛いのにしてくださいね」


 そう言われて、クーシンの背に緊張が走る。実のところ、ファッションセンスにそんなに自信はないのだ。東方領風はともかく、西王国風になると特に。

 クーシンは自分の姿を見下ろす。今着ているのは、東方領風にアレンジしてもらったドレスだ。レースは襟に少しだけにして細めのラインを作りつつも、本式の東方領ドレスほどにはピッタリしていないので来ていて楽な服である。スカートのふくらみもかなり抑えていて歩きやすい。


(でも、キミリアに着せるなら、もうちょっとレースを増やした方がいいかしら。模様も付けた方が良いわよね。花柄? 蔦柄? ああ、でも柄をちゃんと動かそうとすると魔力の消費量が重くなるし……!)


「クーシン、さん?」

(クーシン、考えすぎ)


 キミリアの声とフェンフーのツッコミで、クーシンは我に返った。思考がフェンフーの方に漏れ伝わっていたらしい。

 とりあえずキミリアに微笑んで見せていると、フェンフーからアドバイスが飛んでくる。


(今年の流行りは薄い青緑だよ。割と青寄り)

(いい情報ね)

(お菓子一つ。お茶はいらないよ)

(アンタも来る気か)


 腹の中で苦笑しつつ、クーシンは覚えたての魔法を唱える。キミリアから伝わってくる暖かい魔力の感触が心地よい。


「こんなもんでどうかしら」


 メガネをずらして確認。頬を少しすっきりさせ、目尻をちょっと上げたので、一見の印象は結構変わった、と思う。服の方はクーシン自身のドレスを参考にしつつも、胸に飾りのレースを入れて、全体の色をフェンフーに言われた通り薄い青緑にまとめた。スカートのふくらみも2割増しだ。

 クーシンとしては結構上手く行ったつもりなのだが、ウルスラは難しい顔でキミリアの周りを2周回ってからポツリとこぼす。


「顔はアリなんですけど……暖色系の方がキミリア様には似合うと思うんです」

「そっすね。キミリア様は優しい顔ですから」


 スイの相槌が、火をつけてしまったらしい。ウルスラは拳を握りしめて語り始める。


「そうなんです! 身体のラインが出る方が最近の流行りではありますけど、キミリア様にならふんわり系の方がいいと思うんですよ! レースは花模様にしてもう少し厚みをつけて……」


 そのままだといつまでもしゃべり続けそうだと思ったクーシンは、両手を振って割ってはいる。いつまでもここで話しているのは時間の無駄だ。


「細かいことは、服を買う時に考えましょう。ウルスラさんも、一緒に来ます?」

「是非!」


 結局、4人と1匹という結構な大所帯でのお出かけとなってしまった。

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