第37話 魔女は髑髏と取引する

 クーシンが椅子に座ってお茶を一口含むのを見届けて、フオンの生首が喋りはじめる。


「というかさ、内臓の再構築をしないといけないレベルの発作から、良く生き残ったね」

「まぁね。色々運が良かったのよ」


 キミリアとキスしたいと思ったら生き残れました、というのはちょっと言えないので、適当に誤魔化しておく。スイも黙っていることだし。何か言いたそうにはしているが。


「ボクも発作にも何度かなったことがあるけど、髪とか指先ぐらいまでだったからなぁ」

「五感を強く刺激すると、生き残りやすいわ。アタシがちっさい時は、そこのスイに引っ叩かれた痛みで生き残ったし」

「わーお。それって東方だと普通なの?」


 そんなことは無い、と思う。初めにやった時、スイは他のメイドたちにすごく怒られてたし。


「でも、それでちょっと分かった。なんでボクの死体が残ったのか」


 頭蓋骨が残っているということは、フオンも"神に愛されしもの"なのに、発作で魔力化することなく死んだ事になる。その理由は、クーシンも知りたい。


「王子の暴行で、身体中痛かったせいだね。全然うれしくないけど。"神に愛されしもの"の発作でなら、安らかに逝けたはずなのに」


 強い痛みを感じている状態で死ぬと発作が起きないというのは感覚的にも納得がいく。あまり有難い話ではないが、それでも身体が残る死に方ができるというのは大きなヒントだ。


「そう言えばさ、死んだ後のボクの扱いってどうなったのかな?」

「現役聖女には、性別誤魔化して聖女になろうとした男の子がいたって教えてもらったわ」

「あー、ニセモノ扱いか。一応3年ぐらい聖女してたんだけどなぁ」


 不満をにじませるフオン。性別を偽っていたのは事実だけれど、聖女としての役目を果たしていたことまで無かったようにされるというのは理不尽だ。

 キミリアに話したら、なんて言うだろう。


「ジェムログはどうなったかな?」


 フオンはスイの方を向いて聞くが、スイはあくまでクーシンの方だけを見たまま頬に指を当てる。


「ちょっと覚えてないですけど、結構長いこと在位したし、最期も特に暗殺されたとか病死とかではなかったと思いますね」

「つまんないの」


 フオンはそう吐き捨てたあと、クーシンの方に向き直って話題を変える。


「ところで、現役聖女に聞いてみた、ってことは今は"神に愛されしもの"が2人いるってこと?」

「そうよ。キミリアって名前で、アタシと同じ年」

「そりゃなかなか稀有な状況だなぁ。良かったね」


 良いことなのかしら? と考えていたところに、フオンが質問を付け足す。


「その聖女とは、どんな関係?」

「……友達よ」


 考え事をしていたせいもあって、答えが遅れる。

 フオンの顔に、ニヤニヤ笑いが広がった。


「それだけじゃ無さそうだねぇ」


 即答できなかった時点で、誤魔化すのは無理だったのだろう。クーシンは諦めて本音を言う。


「愛してる。愛し合ってると思う」


 自分の愛は断言できても、キミリアがどう思ってくれているかは少し自信がない。

 それでも、フオンは目を細める。


「いいね。うらやましいなぁ。ボクはそういうのできなかったし」

「……嘲笑わないの?」

「どうして?」

「至聖教は、男同士とか女同士は禁忌でしょ?」


 子孫繁栄とか良妻賢母とかが至聖教の推奨するところなので、子どものできない同性同士の愛情は否定されている。

 しかし、その至聖教の元聖女はあっけらかんとこう言い放った。


「ああ。まあね。でも、ボクはニセ聖女らしいし。それに、そもそもボクら"神に愛されしもの"は男女であっても子どもを作れる訳じゃない。だから、そんなに気にしなくていいんじゃないかな」


 至聖教への私怨も入っていそうではあるが、クーシンとしてはちょっと気が軽くなった。フオンの言う通り、"神に愛されしもの"が子どもを作れた記録は無い。そもそも、作れる年齢になるまだ生きていることが少ないということもあるだろうけど。


「でも、キミリアは、現役聖女は王太子と結婚するわ」


 キミリアが本当に望んで他の男と結婚するなら、諦めもしよう。

 あるいは、せめて男の側が本当にキミリアを愛していて、大事にしてくれるなら。

 しかし、王太子はそうじゃない。

 聖女との結婚はただの箔付け。式さえ終われば、取引の対価として投げ渡しても構わない程度の存在。

 クーシンは、あえてその取引に乗った。

 キミリアを物のように扱うことに抵抗はあった。しかし、乗らなければ他の人間との取引にキミリアが使われる。それよりはマシ、なはず、きっと……。


 自己嫌悪の渦に飲み込まれるクーシンにフオンが救いの糸をたらす。


「クーシンがカロン王家を終わらせてくれるなら、ボクはボクの知る全ての魔法を教えよう」


 死者からの誘い。それを掴んで良いのか、クーシンは慎重に見極める。


「復讐ってこと? もう100年以上前なのに」

「キミにとっては親も生まれてないような大昔なんだろうけどさ。ボクにとっては、身体があったらまだ血を流してるぐらいについさっきの事だ」


 死んでから骸骨語りの魔法を使われるまでのことは、フオンの知覚の外。つまり王子に殺された思ったら次の瞬間にクーシンと対面していた事になる。


「今のあなたは、アタシが復讐を果たしたかどうかを知るすべもないのに?」


 朝が来るまでには骸骨語りの魔法の効果は切れる。改めて魔法を使っても、それで呼び出されるフオンは復讐をクーシンに託したことすら覚えていない。


「それでも。魔法が終われば消えるだけの、幽霊より薄い存在であっても」


 一呼吸おいて、フオンはうたう。


「ボクはボクの仇を打つ事を望む」


 ああそうか、とクーシンは思う。もしかしたら生まれて初めて、自分よりも早く逝くと決まっている存在と話しているのかもしれない。

 その不安定な立場を知っているからこそ、王太子達とは違う誠実さを自分に求めたい。


「いいわ」


 思考がまとまらないうちに、心が肯定の返事を返す。


「アタシがキミリアと生きていくためのついでになるけど」

「それで十分。契約成立だね」


 フオンが笑う。本当に晴れやかに。

 クーシンは、その笑顔の向こうにキミリアの笑顔を幻視した。



♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪



 欲望・陰謀に翻弄され、ついに聖女のために王家を打倒することを決意した魔女。


 東方領の動き、王家の策謀、聖女は魔女に何を思うのか。

 荒天の中で決行される王太子と聖女の結婚式は果たして無事に終わるのか。

 クーシンとキミリアの愛の行方は?


 引き続き、

『最終章 魔女と聖女はすれ違う』

 をお楽しみいただけたらと思います。


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 今後の執筆の励みとなります。

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