最終章 魔女と聖女はすれ違う

第38話 母は魔女を放逐する

 年末まで2週間を切ったころ、クーシンは王都から東方領の屋敷に戻っていた。

 その目的は、母シャオレイとの対話。いや、宣言か。計画を実行する上で一番最初の難関。


「お母様、その……」


 十分な覚悟をして来たつもりだった。それでも中々言葉が出てこない。


「えっと……アタシ、私を」


だが、母も何かを感じとっているのか、急かすこともなくクーシンの言葉を待っている。

 家族の居間だが、父は王都にいるので、母と兄、後はスイがいるだけだ。

 

「お母様、私を勘当して下さい」


 やっと言えた一言。

 王都からの馬車の中で、何度も何度も検討した。クーシンの企みは、成功しても失敗してもマー家に迷惑がかかる。だから実行に移る前に勘当されて他人になっていなければならない。

 兄のハオランが立ち上がるのを、母が制する。


「どうしてなの」

「言えません。でも私はこれから本当に自分の欲のためだけに動いて、西王国をぶち壊します」


 ハオランが息を呑むのが聞こえた。

 クーシンとしても、どこまでやれるか自信はない。でも、やると決めた。

 母は大きく息をついてから、問う。


「お父様には?」

「言ってない、です」


 言おうと思えば、王都を出る前に話すことはできた。だが、何となく最初に話すべきは母だという意識があったので、父には話さずに出てきたのだ。


「クーは、本当にパパが好きねぇ」

「はぁ⁉︎」


 思わず変な声をあげてしまったが、それも含めて母はクスクスと笑う。兄ももっともらしく頷いているので、そういうものなのかもしれない。自覚はあまりなかったけれど。

 クーシンが抗議を諦めると、後ろに控えていたスイが一歩進み出る。


「奥様。私もお暇をいただきたく思います」

「そんな!」


 真っ先に立ち上がったのはハオランだったが、母に座らされる。


「ちょっと、スイ……」


 クーシンも異論がある。自分のわがままに付き合わせるのはいつもの事だが、命まで一緒に捨てさせる訳にはいかない。スイはここで母に返すつもりだったのだ。

 しかし、駄メイドは一世一代のキメ顔で微笑む。


「お嬢1人じゃ、上手く行くものも行きませんよ」

「でも……」

「家族が一度に2人も減るのはさみしいわね」


 母の言葉は、スイがクーシンについていくのを認めていた。誰よりも長い関係のある母が認めたなら、子どもたちが否定する事はできない。

 スイはいつものニヤニヤ笑いに戻って、茶化すように言う。


「そんな事言ってる暇が無いぐらい、忙しくなりますよ」

「そうね。誰が居なくなるの?」

「王家が。少なくとも王太子。可能なら、王も」

「そう」


 スイの答えを聞いて、母はゆっくりと息を吸い、全て吐き出す。


「それはとてもとても忙しくなるわね」


 その目には家族を憂いていた時とは違う冷たい炎の色があった。


「行きなさい、クーシン。マー家の当主代理として、マー・クーシンを永遠にマー家から放逐します」


 朗々とした声でそう宣言したのち、緩やかで、柔らかな声で付け加える。


「そして、母として貴女の幸せを祈っています。どんなにそしられても、どんなに短くとも、やりたい事をやれる事こそ幸せだとわたくしは信じます」


 母の目に、クーシンにも受け継がれた切れ長の目の目頭に、うっすらと光るものが見えた。


「あなたの私物は自由に持っていきなさい。馬車も含めてね」


 その光は大きくならない。だから、クーシンも堪えなければ。


「さよなら、クー。ありがとう」


 もう二度と母にクーという愛称で呼ばれることはないんだと、そう考えるとついに視界が歪みはじめる。それでもせめて、声だけはあげることなく。


 ノワーズ男爵令嬢マー・クーシンは、この夜ただのクーシンになった。

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