第2章 魔女は聖女を内偵す
第5話 メイドは魔女と夜を行く
「おじょ、お嬢! もうあき、諦めません?」
「そう、そうね」
主従揃ってセリフが途切れたのは、馬車がひどく揺れるから。
馬が足を止めた直後にガタンとトドメの一揺れがおき、クーシンの軽い身体が一瞬宙に浮く。
「スイの駄メイド!」
「アタイのせいじゃないっすよ」
反射的にののしったクーシンだったが、スイの腕が悪い訳でないことは良く知っていた。
このスイというメイド、なんでもそつなくこなすのだ。普通はメイドのやることではない御者の作業まで含めて。
口調を直しさえすれば、もっと良い家でも働けるのに、それを嫌がって自ら駄メイドを自称している。
「ほら、お嬢が塗ったブヨブヨのせいっす」
「ほらって言われても、見えないわよ」
言外の要求に応え、スイが馬車の扉を開ける。
降りて見ると、薄暗い中でも車輪の形が変わってしまっていることがわかる。
クーシンは大きくため息をついた。
「良いわ、外して」
「切っちゃいますよ」
スイはナイフを取り出して、車輪に塗ったブヨブヨを剥がしていく。南方領のニュカの木から取れる樹脂で、柔らかいから振動を吸収してくれないかと期待したのだが。
「皮のカバーも長くは持たないか……」
1回目は車輪に樹脂を一回り塗る間に小石が貼り付いてアウト。
2回目は塗った後にあえて細かい砂をまぶして貼り付きにくくしてみた。
塗り終わるまでは良かったが、走り出すと結局小石が砂の層を貫通して貼り付いた。結果、車輪が円形でなくなり、むしろ振動が強くなる始末。
3回目は樹脂の上に皮を貼ったおかげで少しはマシになったが、少し道が荒れると小石が皮を破って樹脂に食い込んで同じ結果になったというところだ。
「石ころのない、綺麗な道だけ走ればいいんじゃないすか?」
「王都の中心街しか走れないわよ、それじゃ」
上手く行かなかった実験のことは諦め、クーシンは周囲を見回す。
草がぼうぼうに生えた荒地の中。馬車の走ってきた跡だけは草がちょっと少なく、かつては道だったのだと主張している。
前方で幾つかの家が星明かりに照らされているが、廃村なのだろう。灯りはない。
「タヌキってこんなところにいるの?」
クーシンは腕をさすりながら問う。気温はむしろぬるいぐらいなのだが、なんとなく肌寒い気がする。
「もうちょい人里の方でも良かったかなーと思ってます」
「アンタねぇ……」
聖女と王太子にタヌキを献上する話になったから、慌ててクーシンとスイだけで東方領まで戻ってきたのだ。
絶対に今夜捕まえないと、というわけではないが、あまり時間もかけたくない。
「まぁ、多分いますよ。馬車に乗ってるより、歩いてる方が見つけやすいはずっす」
「……まあ、いいけどね。で、見つけたらどうするの?」
「光の魔法で一発ですよ」
こともなげに言い放つスイ。
クーシンは眉をしかめた。
光の魔法は、単に魔力を明かりにするだけの魔法だ。攻撃力もないし、捕まえるような効果もない。明るさや光続ける時間の調整ができる程度だ。
そんなクーシンの疑念に、スイは説明を加える。
「タヌキってね、ビックリすると死んだフリするんです。だから、目の前に持続時間を減らして眩しくした光魔法を投げてやると、コロリといきますよ」
「それ、野生動物としてはかなり深刻な欠点じゃないかしら……」
「襲われてる側が急に倒れると、襲ってる側も戸惑うものらしいっすよ。人間でもそうだって奥様が言ってました」
「どういう経験から出た言葉なんだか」
スイが奥様と呼ぶのはクーシンの母のことだ。
元は
それなりの修羅場はくぐっているからこその発言なのだろうけれど、クーシンにはイマイチピンと来ない。彼女が知る母の姿は、おっとり小柄な黒髪美人なのだ。
「まぁ、あの頃は色々と、っと居ましたよ」
スイの指差した先、十歩ほど離れた草むらの中に茶色い毛皮が見えた。
向こうもクーシン達に気づいたらしく、ガサガサと草をかき分けていく。
「逃すかっ、光!」
呪文をギリギリまで短縮して、クーシンは獣の向こう側に小さな光の粒を投げる。
「ちょ、お嬢の魔力だと……」
スイが止めるより早く、粒が爆発して光があふれた。
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