第4話 魔女と聖女は舞い踊る
王太子がさえぎる暇も、クーシンが嫌と言う間も与えず、キミリアはクーシンをホールの真ん中に引っ張り出した。
既に相手のいない者たちは壁際に下がり、踊るつもりのカップルが互いに向かい合っている状態だ。
そこに女性二人で出て行ったのだから、いやでも目を引く。
何が起こったのかと囁き合う声が、さざ波のようにメロディにかぶさった。
「王太子殿下が誘いに来てたのが見えてないの、このタヌキ娘!」
他人には聞こえないよう音量は抑えつつ、クーシンはキミリアに抗議する。
「だからですよぅ」
キミリアの目尻はますます垂れ下がり、小さく涙の球が浮かぶ。
「いちおー練習はしましたけど、王子様とダンスを踊ったら、十回以上足を踏む自信があります。そんなことになったら、縛り首ですよ!」
「んなわけないでしょ」
夜会の場で足を踏んだぐらいで聖女を縛り首になんて、出来るわけがない。
普通の夜会でもせいぜい他の女性から嫌味を言われる程度。子供夜会なら、笑い話になっておしまいだ。
しかし、目を潤ませて見上げてくるキミリアを振り払えるほど、クーシンは非情ではなかった。
それに、音楽はもう始まってしまった。
最初の一小節を聞いて、クーシンは反射的に右に踏み出す。
が、キミリアも右に踏み出したので、2人はその場で向かい合って回る形になった。
「何してるのよ!」
「え、最初は右ですよね?」
そもそもダンスは男女ペアで踊るものだ。男性がリードし、女性が華を添える。一つのダンスでも男女で違った動きのステップを踏む。
2人ともが女性側のステップをしたから、こんなおかしな事になるのだ。
視界の端に、ちゃっかり別の少女と踊っている王太子の姿が見えた。状況を察しているのか、頑張って吹き出すのをこらえている顔だ。
それを見て、逆に腹がすわった。
クーシンだって、ダンスが得意なわけではない。恥ずかしくない程度に踊れればそれで十分と思っていた。
(やれるところまでやってやろうじゃない!)
男性向けのステップを練習した事なんて一度もない。でも、ダンスの練習相手を務めてくれた駄メイドの姿ぐらいは覚えていた。
あえて丸々一回転してから、男性のステップに切り替える。
「クーシンさん?」
「なんとかするわよ。あたしは天才なんだから」
そう自分に言い聞かせ、左にステップ。キミリアと動く方向は合っている。
跳ねるようなオーボエの旋律にあわせて今度は右に、行ったところで何故かキミリアの身体がくるりと回り、クーシンに背を向ける。ついでに足を踏まれた。
「なんでそうなるのよ!」
失敗を誤魔化すため、キミリアを背後から抱きしめ、耳元で囁く。
「すみません。ウルスラと練習した時と勝手が違ってて……」
(ちゃんと教えときなさいよ、ウルスラ!)
会ったことも無いウルスラとやらに心の中で毒づきつつも、クーシンには原因が見えてきていた。
つまり、変に気をまわしすぎなのだ、この聖女は。
手足が短いから、歩幅も小さい。それを補うために、こっちが一歩踏み出す間に二歩踏み出してつじつまを合わせようとしている。だから、体の向きがおかしくなるのだ。
「余計に歩くな。歩幅はこっちで合わせるから、覚えたとおりに踊りなさい」
それだけ囁いて、クーシンは大きく回り込んでキミリアの前に立つ。
回り込む時に他のペアにぶつかりかけたが、なんとか避けてくれた。
正直、クーシンの方も余裕はない。だが、それでも笑みを作った。
駄メイドが言っていた事を思い出したのだ。
(ダンスは試験でも罰でもありません。楽しませるもので、楽しむものです)
頭の中で必死に男性ステップを思い出し、目はキミリアの動きを見て、耳は音楽を聞き、足を動かし、口は笑みをつくる。
(ああ、やれるじゃない、あたしたち)
そんな思考に応えるように、キミリアの方も笑みを返す。緊張感に欠ける、フニャッとした柔らかい笑み。
「楽しいですね、クーシンさん」
「こっちは大変なのよ」
なんとか踊れているとはいえ、キミリアの動きはフラフラして頼りない。時折間違えたステップを誤魔化すために余計に回ったりしているのだ。
「まぁでも、悪くはないわ」
音楽ももうクライマックス。右手を挙げて、キミリアがくるりと一回転するのをサポートする。
最後にギュッとキミリアを抱き寄せておしまいだ。湧き上がる拍手を聞きながら、キミリアの身体の柔らかさと暖かさを堪能する。
うっすらと甘い汗の香りをかぎながら、クーシンはキミリアの頭を撫でてやった。
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何とか無事に聖女キミリアとのダンスを終えたクーシン。でも、色々やるべきことも増えてしまいました。
馬車の改良にタヌキの確保。短い人生を精一杯に使うクーシン。
しかし、そんな彼女に、そして聖女キミリアにも病の影が忍び寄ります。
引き続き、
『第2章 魔女は聖女を内偵す』
をお楽しみいただけたらと思います。
また、面白いと思って頂けたなら★にて投票頂けますと幸いです。
今後の執筆の励みとなります。
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