第3話 魔女は聖女に面食らう

「なんでこんなことになってるのよ……」


 ぼやきながら、押し付けられた紅茶を一口。

 花の蜜を濃くしたような甘い香りに、クーシンの顔も思わずほころんだ。

 それを見て、キミリアが勢い込む。


「美味しいでしょう!? 教会でもこんなにおいしいお茶は滅多に飲めないですよぉ」

「美味しいのは美味しいけれども」


 顔を引き締め直すクーシン。

 今二人がいるのは、夜会のホールの中でも奥の方。一番階級の高い者たちが居座るべきところだ。

 貧乏男爵家の魔女としては、周りの視線が痛すぎる。


 しかし、聖女キミリアはまるで気にしていないようだ。


「私、ずっとクーシンさんとお話ししたかったんですよぅ。でも、ミサにも来てくださらないでしょ?」

「東方領は田舎だもの。それに、ミサに出てる時間なんてないわ」

「でもでも、たった2人の"神に愛されし者"じゃないですかぁ」

「まあ、それはそうね」


 この会場の中で、いやこの国全体の中で、誰よりも近い境遇だ。

 クーシンとしても、立場の違いさえなければ会ってみたいと思ってはいたのだが。


「ミサに出る時間も無いぐらい忙しいって、何してるんです?」

「最近だと……」


 言葉を濁すクーシン。

 実のところ、ミサに出ないのはそもそも至聖教を信じていない事が大きい。

 表向きは西王国編入時に改宗しているが、東方領は昔からの祖先崇拝を止めていないのだ。

 でも、至聖教の聖女に真っ向から喧嘩を売りたくはないので、


「そうね、最近だと、揺れない馬車の作り方とか」


 と当たり障りのない答えを返しておく。

 だが、その答えにキミリアは元々丸い目をさらに見開いた。


「揺れない馬車!」

「面白そうな話をしているね」


 反応したのは、キミリアだけではない。クーシンの背後から、涼やかな少年の声が割り込む。

 その声に聞き覚えがあったクーシンは、慌てて椅子から立ち上がり、膝を折って礼をする。


「失礼をいたしました、王太子殿下」


 たしか12歳になったばかりの少年王子は、鷹揚な笑みでクーシンの礼に応える。

 まだクーシンより少し背が低いが、風格は既に備わり始めている。


「いいよ、座って座って。王国に名高い聖女と魔女が僕の夜会にそろってくれるなんて光栄だなぁ」


 そういいながら、王太子もまた従者に引かせた椅子に座る。しばらくこのテーブルに居座るつもりらしい。


「君たちがそんなに仲がいいとは知らなかったよ」

「今夜、やっとお会いできたところです!」


 キミリアの答えに、ちょっと訝しげな顔をする王太子。


(まずいっ)


 主催である王太子は、当然キミリアとクーシンの交友関係も調査済みのはず。

 紹介もされていないのに無作法にも話をしていた、と思われたくはないので、クーシンは慌てて話題をそらす。


「王太子殿下も、揺れない馬車には興味がおありですか?」

「アレンで良いよ。そうだね。僕も父上も、馬車で長時間移動することが多いから。得意の魔法で作るのかい?」

「魔法で作ることも出来るでしょうけれど、それだと使える範囲が限られてしまいます」


 『揺れない馬車を作る魔法』なら、既にアイディアはあった。馬車の車輪を外して、魔法で浮かせてやればいい。動くのは馬に引かせられるから、空飛ぶ絨毯より簡単だ。

 しかし、重い馬車の車体をずっと浮かせておくだけの魔力の持ち主なんてそうそういない。クーシンでも半日がいいところ。普通の魔法使いなら半刻ももつまい。

 結局、物理的な手段で揺れを軽減させないと実用できない、というあたりまでは分かっていた。

 そもそも、クーシンは魔法で何でも解決してしまおうという考え方自体が好きではない。


「魔法じゃないんですか! すごいです! 私、魔法以外でそんなことが出来るなんて思ってもみませんでした」

「まだ、考え始めた所ですので、出来るかどうかは……」


 昨晩父に言われて、ここに来る前に少し馬車を浮かせる実験をしただけなので、本当に揺れない馬車を作れるかと言われると、流石に自信が無かった。

 出来ると言っておいて出来ないという恥は晒したくない。


 しかし、王太子はそんなクーシンの内心を見透かしたかのように、笑みを浮かべて追い詰めてくる。


「いいじゃないか。目途が立ったら、ぜひ教えて欲しいな。僕も試してみたい」

「ありがたいお言葉です。その時にはぜひ」


 内心はともかく、口ではそう答えるしかない。


「私にも、私にもお願いしますね!」

「はい、聖女様にも献上させていただきます」


 諦めの境地で答えるクーシン。まあ、本当に開発できれば1つでも2つでもそれほど手間は変わらないはずだし。


 しかし、良い返事にも関わらず、聖女は血色の良い頬を丸くふくらませる。


「むぅ」

「どうしたのかな、聖女様」

「もっと普通に話してほしいです。さっきは、もっと砕けた話し方だったじゃないですか」

(出来るわけないでしょっ、このタヌキ娘!)


 貧乏男爵家の魔女が至聖教の聖女と対等に話すこと自体、本来許されるものではない。

 二人きりで話していた間はともかく、王太子までいる場では、とてもとても。


「そうなのかい」

「そうなんですよ。私の事をタヌキ様みたいだって褒めてくださって」

「タヌキ様?」

「タヌキ様は、東方に住まうという至高の聖獣です!」


 また、話がおかしな方向に転がりだしているのを察知して、クーシンは速めに牽制をかける。


「いや、あの、ただの獣ですよ?」

「わかってます。若いうちは普通の獣。しかし年経たならば万物に化身し、弱きを助け強きを諭す聖獣へと成長されるのですよね」


 無駄だった。

 自信満々に言い切るキミリアの瞳には、ひとかけらの疑念も悪意も無い。

 その信念に、王太子までもが流され始める。


「本当に、そんな獣が?」

「いえ、ですから東方領ではさほど珍しくも無い普通の獣です。確かに年経ると化けるという伝説はありますが」

「伝説の大聖獣か。見てみたいな」

(なんでそうなるのよ!)


 心の中では、聖女と王太子をまとめてツッコミ倒しつつ、クーシンは何とか営業用の笑みを作ることに成功した。


「……献上出来るよう、準備いたします」


 タヌキの2,3匹でも生け捕りにして送りつければいい。それで王家にも至聖教にも媚びを売れるなら儲けものだ。

 クーシンの脳裏では、父がそれはもう嬉しそうに笑っていた。


「クーシンさんは、すごいですよねぇ」


 紅茶を一口飲んで、ほぅと息をついてからキミリアが続ける。


「馬車も作れるし、タヌキも捕まえられるし。魔法の論文もいっぱい書いてますよね。なんでもできちゃう」

「時間がありませんから」


 つい口癖で答えてから、これでは意味がわかるまいと言葉を足す。


「"神に愛されし者"は、長生きできない宿命です。少しでもそれを伸ばしたくて、出来ることはなんでもやるようにしてきました」

「方法は見つかったかい?」


 王太子は興味深げに聞いてくる。"神に愛されし者"ならずとも、長命は多くの人の望みだ。

 しかし、クーシンは首を横に振る。今のところ、発作を早く止めるコツぐらいしか見つけていない。


「残念。まぁ、簡単な事ではないのだろうな」

「ええ。長生きできないなら、せめて世の役に立つ何かを残したいと考えています」

「そういうところが、えらいと思います。私、何もしてませんもん」


 キミリアはおどけてペロッと舌を出す。しかし、何もしていないということはあるまい。


「聖女様が教えを説くことで多くの民が救われますよ。そちらの方が、すばらしいです」


 お世辞じみた言い方になってしまったが、かなり本心だ。クーシンが色々しているのは、結局のところ自分のため。教えを説いて他人を救うより、まず自分の短命をなんとかしたいし、それができないなら功績を残した偉人として言い伝えられたい。他人のために祈る聖女になんて、とてもなれる気がしない。


 クーシンがもう一度紅茶で喉を潤したところで、ヴィオラが軽やかな旋律を奏で始める。


「おや、もうこんな時間か」


 王太子が立ち上がり、キミリアに歩み寄る。

 だが、その動きを見たキミリアは慌ててテーブルに身を乗り出し、クーシンの手をつかんだ。


「クーシンさん、私と踊っていただけませんか!」

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