第2話 魔女、夜会へ行く

「ノワーズ男爵令嬢、クーシン・マー様、ご来場!」


 ネーム・コールマンに呼ばれて、クーシンはホールに入った。何人もの子供たちの視線が向けられるのを感じる。


 今夜は王太子主催の子供夜会。王太子の年齢に合わせた、十代半ばぐらいまでの子供しか参加していない。

 本物の夜会の予行演習のようなものだ。


「おっ、東方領の魔女だぞ」

「王太子様も変わったご趣味ね。それに、赤のドレスは今年の流行色じゃないわ」


(子供の方が遠慮がないわね)


 クーシンは父に連れられ、何度か普通の夜会にも参加したことがある。少なくとも、大人の夜会では相手に聞こえる声で悪口は言わないものだ。


 だからこそあえて、クーシンは声のした方を見た。顔には笑みを浮かべる。

 真紅の東方ドレスは確かに去年仕立てたもの。でも、今年の王都で東方風が流行っているのは、去年クーシンがこれを着たからだ。色も形も、刺繍のデザインまでクーシンのために作られたドレス。一年で衣装棚に仕舞い込むには惜しい逸品。


(それもわからない様な阿呆には、魔女の呪いをかけてあげるわ)


 そんな心の声が伝わったか、噂していた少年少女は顔を背けて人混みに紛れた。


 代わって聞こえてきたのは、別の声。


「魔女って、聖女様と同じ"神に愛されし者"よね」

「そうだな。魔法の扱いは天才的だが……」

「あと数年の命なのね」


 2人の言葉に引きずられ、クーシンへの視線に哀れみが混じる。

 それこそが、クーシンの一番嫌いなものだった。

 悪意には悪意を返せば良い。だが、望まない善意に、何を返せば良い? 何を言えば、彼らはその目を止めるのか。

 天才を自負するクーシンにも、まだその答えは見つからない。


「挨拶だけして帰ろ」


 "神に愛されし者"は病の名だ。体調の急変ぐらい珍しくもない。

 主催の王太子に最低限の挨拶だけすれば、気分が悪いと言って席を辞しても無礼にはならない。


「ダメですよぉ、帰っちゃ」


 そう言って、クーシンの手首を掴んだ者がいた。

 ひどい無作法に眉をしかめる。そちらを見ると、輝く星と目が合った。

 クーシンより頭一つ分低いところに、キラキラ光る大きな黒目がある。

 丸顔でちょっとタレ目。栗色の髪はボブカットで、口は白い歯のこぼれる笑みを見せている。貴族のご令嬢というよりは、田舎娘といった方が似合う、あどけない笑みだ。

 着ているドレスは白一色で飾り気もない。アクセサリーも右手の指輪一つだけ。王太子の夜会に出るには、飾り気がなさすぎる。


(まぁ、あたしも似たようなレベルだけど)


 王都の流行から外れきった衣装から、クーシンは目の前の少女を自分と同じような貧乏貴族の娘だろうと見切った。


「あのね、あたしには時間が無いの。他人の噂話ばっかり達者なガキどもの相手をしてる暇は……」

「私も時間は無いですけれど」


 クーシンのつれない物言いに傷ついたか、少女はさすがに声のトーンを落とし、顔を伏せる。


 しかし、それは一瞬だけ。息継ぎ一つすると、クーシンをグイグイ引っ張って歩いていく。


「あっちのテーブルには美味しいお菓子とお茶がありましたよ。少ない時間を使う価値があるお味です!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、このタヌキ娘!」

「私、タヌキっぽいですか?」

「ん?」


 少なくとも東方領において、人をタヌキ呼ばわりするのはあまり良い意味では無い。

 しかし、少女の反応は悪口を言われたそれではない。目を二割増できらめかせ、左手を頬に当てて笑う。


「タヌキ様というと、年経たならば万物に化身し、弱きを助け強きを諭す東方大霊獣! そんな聖獣に例えていただけるなんて、光栄ですー」

(なんか違う。大間違いでは無いけど、なんか違う。そう言えば、タヌキって東方領にしか居ないんだっけ)


 そんなことを考えているうちに、クーシンは広間の一番奥の方に連れてこられていた。


「ささ、どうぞどうぞ」


 紅茶の入ったカップを薦めてくる少女を、クーシンは手のひらで押しとどめる。


「あのね、あたしたちまだ紹介も受けていないのだけれど」


 貴族としては、こういった正式な場では誰かに紹介してもらってから話し始めるものだ。

 しかし、少女はそうした礼儀を知ってか知らずか、自己紹介をはじめる。


「あ、失礼しましたぁ。私、キミリアです。姓はありません」


 姓が無いということは、貴族ではない。

 クーシンの背に冷たいものが走った。

 貴族ではないが、夜会にいて、多少礼儀を破ってしまっても誰も咎めない人物。そんな異常な存在に、一人だけ心当たりがあった。


「えっと、普段は聖女をやってます」


 愛嬌のある顔に、はにかんだ笑みを浮かべ、クーシンの予想した通りの答えを告げる。


(そりゃ、ドレスが白になるわけだ)


 白色は至聖教、王国の国教の象徴だ。その聖女となると、王国内でも五指に入る重要人物である。

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