魔女と聖女はすれ違う
ただのネコ
第1章 魔女と聖女は夜出会う
第1話 魔女、王都に立つ
王都の貴族街ともなると、夜でも灯りが絶えることはない。
特に王城近くの高級貴族らが集うあたりになると、毎夜どこかしらの屋敷でパーティーがあるのだ。
今夜も魔術の灯りが煌びやかに夜空の星を圧倒している。
一方、庶民街近くの下級貴族の屋敷が多いあたりでは、ロウソクの灯りがまばらにある程度。
そんな薄暗い石畳を、一台の馬車が走っていた。
二頭立てで屋根と扉が付いており、少しボロいが貴族が乗るものとしての形式は保っている。馬車が止まった屋敷も似たようなものだった。
御者がモタモタと門を開けに行くが、それを待たずに馬車の扉が開け放たれる。
「ああもう、なんだってこうなるの!?」
はしたなくも馬車から飛び降りた令嬢は、すらりと伸びた手足を振り回して怒りを露わにする。
白磁のような肌と夜闇より黒い髪のコントラストが、ロウソクの灯りに映えていた。
身にまとった黄色いドレスは王都でも最近流行りの、体にピッタリあう東方風のもの。まだ未成熟な令嬢の身体には少し早いが、それを感じさせない強い意志がみなぎっている。
「真夜中になるまで着かないし、ガタピシ揺れるし!」
もともと釣り目な目をさらに吊り上げる令嬢。
それを諌める声が馬車の中からした。
「馬車は揺れるものだよ、クーシン」
馬車から這い出すように出てきたのは、小太りの中年男性。こちらも東方の官服を着ている。と言っても男性向けなので体の線が露わになったりはしないが。
クーシンと呼ばれた令嬢と比べると、こちらは疲労の色が濃い。
「だが、お前なら改良できるのではないかな。王族の方々も馬車はよく使われているし、揺れの愚痴も何度か聞いたことがある。揺れを抑えた馬車ができれば、喜ばれよう」
「お父様は、それを売ってお金儲けしたいだけでしょ」
それが悪いとは言わないけど、とクーシンは細い腰に拳を当てて父をにらむ。
「あたしにはね、時間がないのよ! 馬車の改良なんて誰にでも出来そうなこと、やってるヒマはないわ!」
夜中に相応しくない大声に、ようやく門をあけた御者が身を縮こまらせた。
「いやいや、そうでもないかもですよ」
口を挟んだのはメイドだった。馬車から降りると主人の前にも関わらず一つ大きく伸びをする。
「一日馬車に揺られるのがすっごくキツイってことはこの駄メイドでもわかるぐらい当たり前の事です」
そうかしら、とクーシンは訝しむ。揺れる馬車の中でこのメイドが寝息を立てているのをはっきり聞いていたし。
しかし、メイドは気にせず言葉を続けた。
「ということは、これまでに改良しようと思いついた人間も山ほどいるはず。しかし、上手く行っていない。つまり、馬車の改良はお嬢のような大天才にしか出来ない、難しい事なんじゃないかと」
「ふぅん」
まあ、そういう考え方もあるか。
クーシンが少し乗り気になったのをみたのか、父が目を輝かせる。
「そう、きっとそうだよ。お前のような“神に愛されしもの”でなければ」
「はいはい、考えておくわ」
父のセリフを途中で切り上げさせ、クーシンは屋敷に向かって歩き始める。
「旦那様、狙ってやってます?」
「何をだ?」
「はぁ……」
娘の感情の機微をサッパリ分かっていない父親に、メイドは盛大なため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます