第6話 メイドは魔女をひっぱたく
閃光は音もなく夜の闇を切り裂き、星の光をかき消すようにまばゆく爆発した、と思う。
クーシン自身も光で目が眩んでしまったので、想像でしかないが。
「アホですか、お嬢! こっちの目まで潰してどうするんです!」
「うるさい、やったこと無かったんだから、仕方ないでしょ」
スイの指摘はもっともだが、天才にだってやってみないと分からないことはある。
持続時間を一瞬にするというやり方自体が初めて聞いたことだったし、急いでいたから光量の事まで考える時間は無かった。普段の光の魔法なら、様子を見ながら光量調整できるのだが。
自分が光を見ないようにする工夫と合わせれば、色々使えるかもしれない。
そんなことを考えながら何度か目を開け閉めしていると、真っ白だった視界に夜の暗さが戻ってきた。
「月のごとき明かりを」
スイが短く呪文を唱えると、青白く柔らかな光の玉が浮かぶ。
「今更明かりをつけるの?」
「さっきのお嬢の魔法で、近くにいた獣はみんな逃げちゃったでしょうから」
「タヌキは?」
「まだ死んだフリしてくれてると良いですねー」
無責任にいうスイと一緒に草をかき分けて行くと、いた。
茶色い毛皮の獣が、黒い脚をピンと伸ばして倒れている。
「ホントに死んでたりしないわよね」
「大丈夫ですよ、まぁ多分」
スイは腰のポーチからロープを取り出して、倒れているタヌキの脚を縛りあげる。
「なんか、こっちにも居るわよ」
クーシンの目に留まったのは、今縛り上げられているタヌキよりも色が暗めで小さい毛玉だった。
とぼけた顔つきが可愛らしい。
「あー、タヌキのガキですね」
「子供ってこと?」
「です。ガキはイマイチ食べ応えが無いんですよね」
なんの悪気もないスイの言葉に、クーシンは細い眉をしかめた。
「タヌキを食べるの⁉︎」
「そりゃまぁ。毛皮剥いだら、肉が残りますから。捨てたらもったいないでしょ?」
クーシンも、母からのお下がりでタヌキの手袋を持っている。肌触りもよく、とても暖かいのでお気に入りだ。だが、毛皮を剥いだ時点で元の持ち主であるタヌキは生きている訳がない。
「……今回は食べちゃダメよ」
色々な思いを飲み下して、それだけ口に出した。
「分かってますって。でも、野生の獣だから、しつけは大変だと思いますよ」
「いちいちしつけなんかしないわよ。アタシには時間が無いんだから、もっと手っ取り早くやるわ。ナイフ貸して」
スイの差し出したナイフを受け取り、左の薬指を刃に滑らせる。
うっすらとにじんだ血を子ダヌキの口に押し込み、月をふり仰いだクーシンは朗々と呪文を唱える。
「我が血の一雫にて、汝の生を贖う。死によりて分たれるまで、汝は我が目となり、汝は我が耳となり、我が意に沿いて動くべし。汝の名はー」
視線を月からスイに向けて問う。
「どうしようかしら」
「先に決めときましょうよ、お嬢。タヌキだし、フェンフーでいいんじゃないですか?」
「縁起も良いわね、採用」
民話に出てくる化け狸の名前そのままだが、字面も悪くない。
「汝の名はフェンフー。マー・クーシンの使い魔なり」
唱え終えた瞬間、子ダヌキはぴょこんと起き上がった。
柔らかい尻尾をプルプルさせて、クーシンを見上げる。フェンフーの目にはもう、ただの獣とは違う知性の輝きが宿っていた。
「使い魔って、覗き用ですか?」
「そういう使い方はできるけれども」
含み笑いをするスイに、クーシンは憮然として返事する。
確かに、主人である魔法使いは好きな時に使い魔の見ている物を見、聞いている音を聞く事ができる。魔力を使えば行動もコントロールできるから、使い魔の多くは偵察用だ。
「使い魔にすると、頭が良くなるのよ。人間の子どもぐらいにね。だから、時間をかけてしつけなくても、言い聞かせれば済むってわけ」
「人間の子どもぐらいだと、逆に言う事聞かなくないっすか?」
何故かクーシンを指差すスイ。
「誰を見てい、」
クーシンの反論が途切れた。
その左手、薬指の先端。
ほとんど止まっていた血の代わりに、光が流れ出る。
月明かりよりも青白い、魔力の光。
キラキラと夜闇の中に散っていくそれは、さっきまで確かにクーシンの血だったものだ。
"神に愛されし者"とは治ることのない病の名だ。
肉体が少しずつ、魔力に変じてしまう。肉体が全て魔力になってしまえば、当然死ぬ。いつそうなるかは幅があるが、20歳を超えて生きていた患者はいない。
しかし、肉体が魔力と近しいためか、患者は天性の魔法使いとなる。
優れた才能と約束された早逝が、まるで神に愛されているかのように見えるため、この名がある。
肉体が魔力に変わる時、苦痛はない。
光となって抜けていく血も、まだクーシン自身であると感じる。
消えるのではなく、世界との合一。
変わってしまうのではなく、あるべき姿へと戻るのだ。
だから、抗う必要は……
パン、と乾いた音がした。
少し遅れて、鈍い痛みが頬から伝わる。
「死んでる場合か、マー・クーシン!」
スイの叱咤の声が耳に刺さる。
ぼんやりしていた視界がクリアになり、珍しく真剣な顔のスイが見える。
(いつもこの顔なら、きっとモテるのに)
そんなバカなことを考えながら、頬と耳の2つの痛みを軸に自分の身体を意識する。
(アタシは魔力じゃない。マー・クーシンだ)
少なくとも、今はまだ。
散っていく魔力をなるべく自分の中に引き戻し、どうにもならない部分は切り捨てる。皮膚の表面を強く意識して、世界と自分の間の壁とする。
まだ漂っていた光が凝って一滴の血の雫となり、フェンフーの黒い毛皮に落ちる。
マー・クーシンはこうして人生五度目の発作を生き延びた。
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