第7話 メイドは魔女を観察する

「そろそろ、着いてる頃よね」


 クーシンがそう言ったのは、ショウトの街に帰ってきてから7日目の昼すぎだった。


「若旦那の頑張り次第っすね」


 スイの言う『若旦那』とはクーシンの兄のこと。5日前に送り出したタヌキ達は、一昨日には王都で学校に通う兄の元に着いているはずだ。

 元々は都に残った父がタヌキを受け取って、王と教会に献上する予定だった。しかし、クーシンの発作の事を聞いた父は慌ててショウトに戻ってきてしまったので兄に代理を頼んだのだ。

 しかし、勉学に忙しい兄が献上しに行く時間を取れているかは分からない。

 上手くいっていれば手紙を送ってくれるはずだが……


(まぁ、別にお兄様の姿が見えたならそれはそれで面白そうだし)


 心の中で言い訳して、使い魔フェンフーの視界を共有するために集中する。


「お、ついに覗きの本番ですかぁ?」

「偵察と言いなさい」


 スイのからかいを切って捨てると、クーシンの視界に王都の青空が広がった。



 タヌキのフェンフーの視界は、四つ足動物の割には妙に高かった。おまけにゆっくりと揺れている。


「フェンフー様、洗濯紐の上は危ないです。降りてくださいまし」

「あのね、ウルスラ。ゆする方が危ないと思うの」


 キミリアの声がしたので、クーシンはフェンフーに下を向かせた。

 白い修道着をまとったキミリアと、黒い修道着の女性がフェンフーを見上げている。


(この人が、例のウルスラさんか)


 キミリアにダンスを教えたと聞いていたから、勝手に貴族出身の気位が高そうな人を想像していたのだが。


「ですが、キミリア様。フェンフー様のあの丸まっちい可愛いおみ足で、あのように細い紐の上にずっと乗っていられるはずがありません」


 実物は素朴で真面目そうな顔つきだ。今も、洗濯物を干すための棒をしっかりと握りしめてゆすっている。

 フェンフーは2本の棒の間に渡された紐の上でゆうゆうとしている。


(下で頑張ってゆすってる割には揺れないもんなのね)


 全く揺れない訳ではないのだが、フェンフー自身がおもりになるからか、かなりゆっくりとしか揺れないのだ。


(で、なんでこんなとこにいるわけ、フェンフー)

(みず、いやっ!)


 なるほど。

 至聖教は色々しきたりの多い宗教だ。特に水にはこだわりがあるようで、毎朝の礼拝前には手足を洗わないといけないし、可能な限り毎日の入浴が求められる。

 聖女様の飼いタヌキとなったフェンフーがお風呂に入れられるのは、ごく当然の成り行きであった。


(ということで、諦めなさい)


 フェンフーの手足を操り、洗濯紐から飛び降りさせる。

 自分の意思に反して動く身体に、フェンフーは戸惑いの声をあげる。


(やだ、なんで?)

(アンタがあたしの使い魔だからよ)


 主人である魔法使いがその気になれば、使い魔は自由に操れる。

 フェンフーをキミリアの足元まで歩かせ、頭を擦り付けさせる。修道着の淡い石けんの香りに、ほんのりと甘い匂いが混じる。


(悪くないわね)

(キミリア、いいにおい、すき。でも、みず、いや!)

(いやでもしっかり洗われなさい)


「さぁ、フェンフーさま、お風呂に入ってさっぱりしましょうね〜」


 逃げようとするフェンフーの足を無理やり止めさせ、キミリアに抱き上げさせた。


○○○


 フェンフーが連れて行かれたのは、大神殿の大浴場だった。

 聖女でも専用の浴室は持てないらしい。あるいは、質素を旨とするためあえて持たないのか。

 しかしまだ日も高いので、他に使っている者はいない。キミリアとウルスラ、フェンフーの貸切状態だ。


 二人ともサッサと頭巾を外し、帯を解いて修道着を脱ぐ。


(これは……ええと)


 クーシンが自分の眼をうすくあけると、ニヤニヤしているスイと目が合った。

 慌ててまぶたを下ろし、自分に言い聞かせる。


(これは偵察。断じて覗きじゃないからね)

(てーさつ?)


 大神殿の大浴場なので、実のところ偵察するほどの場所ではないのだが。

 貴族の端くれであるクーシンなら、首都にいる時にお祈りに行って、ちょっとお布施をすれば入浴許可は出るはずだ。

 しかし、そういう事実からは一旦眼を背けておく。


(そうよ。そういえばフェンフー、アンタはメス?)

(そうだよー)

(ならよし)


 何がいいのか。


「キミリア様! 下着は湯衣を着た後に脱いでくださいと」


 ウルスラの声を聞いて慌ててキミリアに視線を向けたが、既に薄い湯衣を羽織らされていた。


「いいじゃない。今は他の人は居ないんだしぃ」

「今から直しておかないと、他の人がいる時にもまたやるから言ってるんです」


 そういうウルスラの方は、湯衣の下に手を入れて器用に下着を脱いでいる。


「じゃあ、行きましょう、フェンフー様」


 湯衣の紐を締め、キミリアが改めてフェンフーを抱き上げる。

 クーシンは手足のコントロールを忘れていたのだが、フェンフーは逃げようとしなかった。


(あら、いいの?)

(ん、もういい)


 どうやら観念したらしい。


(クーシンもいきたそうだし)


 そんなおせっかいな思念が伝わってきたが無視することにした。

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