第13話 魔女は王子に口説かれる
翌日、クーシンは王太子と聖女を作業場に案内していた。
なにせ、晩餐会の席で王太子と王女が声を揃えて
「まずはノワーズ式馬車の視察をしたい」
と要望された以上、嫌とは言えない。
元々早めに見学してもらうつもりで準備していたことだし。
なお、作業場とはいっても大したものでは無く、職人街の外れのそこそこ広い空き地に仮設の倉庫を建てただけのものだ。
普通なら王家の視察ルートに入れるようなものでは無いが、今回は必須なので頑張って掃除してもらった。
協力してもらっている馬車職人たちにも使用人の服を貸し出して着てもらっているのだが……
(どうにも似合わないわね)
(ふく、やぶれそうだよ。だいじょうぶ?)
タヌキのフェンフーが思わず心配するぐらいだ。
元々比較的細身の者が多い使用人向けにあつらえた服を、筋肉自慢の職人たちに着せるのが間違いなのだ。
本人たちも、普段は自信満々なのだが今日はちょっぴりしおらしい。
「彼らが、実際に馬車を作る職人たちです」
一応紹介するが、王太子はそちらに目もくれない。王族である彼が、庶民も庶民な職人らに直接声をかける必要などない、というのが西王国の普通の考え方だ。
キミリアの方はにこやかに笑いかけてくれたので、職人たちはバラバラとお辞儀を返す。
「あれは、試作品かい?」
王太子の指が、倉庫の端の方にある馬車を指す。
四輪の台車から太い支柱が伸び、そこから一本のロープで四角い居室部分が吊るされている。
兄のハオランも、この試作品は見ていないので興味深そうに眺めている。
「ええ、居室部分を吊り下げるというアイデアを思い付いた後に、最初に作ったものです」
「乗ってみても?」
「可能ですが、お勧めしません。ロープが一本なので、回転するんですよ」
最初に作って乗ろうとした時点で、居室部分が回ってしまってまともに乗れなかった。
3人がかりで回転を止めてもらったうえで無理やり乗り込んだが、乗っている間中も左右に回るのが止まらない。結局作業所を半周したあたりで、気持ち悪くなって下ろしてもらった。
そのあとロープの数を増やしたり、見物に来た他の職人たちに相談したりした結果、台車の上に船の竜骨のような弓型の部品を2本乗せ、そこに張ったロープの上に居室部分をのせる形に落ち着いた。
「なるほどぉ、いっぱい考えて、今のノワーズ式馬車が出来たわけですねっ!」
「ご理解いただけて幸いです」
クーシンはキミリアに丁寧にお辞儀する。
が、それが気に入らないらしくキミリアは口を尖らせた。
それを汲んだか、王太子が笑いながら声をかける。
「もう少し、砕けた言葉遣いでも構わないよ。ここにいるのは年の近い者たちだけだしね」
そんなことはない。クーシンの両親こそ来ていないが、聖女のお付きや王家の従者たちもいる。王太子は気にならないし気にしなくても良いのかもしれないが、男爵令嬢としてはそうもいかないのだ。
ただ、気にするからと言ってこのままの口調を保つわけにもいかない。
王太子直々に砕けた話し方をしろと言われたのに、それを断るのもまた失礼になる。
「ありがとうございます。失礼な言い方になっていたら許してください」
「大丈夫だよ。ところで、ノワーズ式馬車を一台、私のために用立ててもらうことは出来るかな?」
あらかじめ決まっていた取引を、さも今思いついたように言う王太子。
要するにお芝居の時間の始まりである。
「ええ、喜んで。王家の方にに使っていただければ、箔がつきます」
「あ、アレンさまズルい。私も欲しいです!」
こちらは全くお芝居を考えない、というか聖女としての威厳も忘れかけているキミリア。
世話係のウルスラがちょっと眉をひそめているのが見える。
「一度に両方、というのは難しいところです。まだノワーズ式を作れる職人はここにいる5人だけですので。王家や聖女様に献上するのにふさわしい馬車を、となると一台作るのに3か月はかかるかと」
「それは長いな」
王太子は芝居として、キミリアは心の底からがっかりした顔をする。
なので、クーシンは芝居として頭を下げる。
「はい、申し訳ありません」
「待てよ。もし、既存の馬車をノワーズ式に改造するのなら、もっと早くに作れるのではないかな?」
「さすがアレン様、素晴らしいお考えです。それならば、聖女様にも早く馬車を献上することが出来るようになりますね!」
ハオランが王太子を持ちあげ、キミリアへのメリットを解説する。王太子と聖女をくっつけるために。
「そのやり方ならば、2週間で形にはできるかと思います」
「では、今回私がもってきた馬車を改造してくれたまえ」
「「王家の馬車を!? 良いんですか?」」
ハオランと声を合わせて、あらかじめ決められた驚きの声を発する。
ちょっとわざとらしくなってしまったかもしれない。
「ああ。私が許可を出せば問題はない」
「わかりました。しかし、どこを切断して良いかなどを検討する必要がありますね」
「それならば、シモンズ紋章官」
「はい、ここに」
王太子の後ろに控えてきた男の一人が前に進み出る。
割と若そうな見た目だ。それで王家の紋章官になれるなら、かなりの切れ者だろう。
「馬車のどこなら切ってもかまわないかを教えて差し上げろ」
「かしこまりました」
「では、実際の作業をする者たちに教えていただければ幸いです。ヤン工房長」
「いえ、男爵令嬢に直接お話しする方が良いかと」
クーシンはちょっと唇の端をつりあげる。
勧めるかたちをとってはいるが、要は庶民とは話したくないという事だろう。
紋章官になるには、高度な教育が必要。庶民からなれるようなものでは無く、貴族の次男三男だったりすることが多い。
下手に文句を言うと長くなりかねない。ここは折れておく事にする。
「わかりました。兄さま、その間キミリア様たちを案内しておいてください」
「僕がか? お前の最近の発明は分からないぞ」
「そこは何とか」
どうやって何とかするのかはクーシンにも良くわからないが、ハオランは腹をくくって王太子の方に向かう。
「では、ご説明を。実物を見ながらお話ししたほうが分かりやすいでしょうから」
紋章官は満足げに微笑みつつ、クーシンを王家の馬車の前に誘う。
レリーフや小さな像まで付いていて、作業するのが面倒くさそうなことこの上ない。
「まず王家の紋章である双頭の鷲は当然そのままにしてください。万一傷をつけた場合は分からぬよう補修を」
(その時点で首をはねる、と言わないだけ優しいのかしら)
「クー、妙な車輪の馬車はなんだ?」
「軌道馬車」
「名前だけ言われても……」
ハオランの言うとおり、名前だけ言って分かるわけがない。ちゃんと説明できるのはクーシンぐらいだが、紋章官の話も聞いておかないといけない。
クーシンはちょっと唇をかんで考えてから、スイに目を向ける。
「スイ。シモンズ紋章官からお話を伺っておいて。伯爵家生まれの貴方なら、礼を失することなくお話を聞けるはずね?」
「はい、お嬢様。お任せください」
微笑みながら返事するスイ。
本当にスイが伯爵家生まれかどうかなんて知らない。詳しく生まれを聞いたことは無いし、多分違うだろう。
でも、この場で紋章官の機嫌を損ねず話を聞き取るぐらいのことは出来るはずだ。
実際、紋章官はちょっと眉をあげはしたが、スイに向かって話を続けた。
その様子を見て、クーシンは軌道馬車の方に頭を切り替える。
「説明するより、見せた方が早いわね。ヤン工房長!」
「あいよっ。やるぞお前ら!」
ようやく出番が来たと腕まくりして動き始める職人たち。
ハオランと共に倉庫に入ると、車輪をなでていたキミリアが顔をあげる。
「あ、クーシンさん! この馬車なんですか?」
「これは、軌道馬車です。今から動かして見せますわ」
軌道馬車は、見た目はごく普通の二輪馬車に見える。ただ、ハオランが「妙な車輪」と称した通り、車輪の外周にはくぼみが彫られていて、そのくぼみに合わせた幅の木材の上に乗っている。
そこに職人たちが2人1組になり、細く加工した木材を運んできた。既に置かれている木材に端を合わせ、金具で止める。これを何度も繰り返し、倉庫の外までつながる2本の細い道が出来ていく。
「揺れない馬車のアイデアの一つです。道がデコボコだから馬車が揺れる。それなら、平らな道を作ってやればいいわけです。事実、王都の中心街は普通の馬車でもさほど揺れないでしょう?」
クーシン自身はほとんど行ったことが無いが、王太子と聖女は納得したらしい。
「それはそうだな。しかし……」
「はい。王都のような平らな道を王国中に作るのは財政的に不可能です。しかし、馬車が通る轍の部分だけ平らにするのであれば、比較的安価にできるだろう、という考えです」
「なるほどー」
キミリアはそう言いながらそっと馬車から離れる。
そこに、連れてこられた馬が繋がれた。
「具体的には、この2本の木材の道の上を走らせるわけですね。横にずれないよう、専用の車輪に変える必要はありますが」
ノワーズ式とちがって車輪を取り換えるだけなので、馬車そのものの安全性はほとんど問題ない。
「こちらなら、試し乗りも大丈夫ですよ」
「では是非」
さっと馬車に乗り込んだ王太子は、なぜかキミリアではなくクーシンの方に手を差し出す。
「クーシンさん、どうぞ」
「こちら、二人乗りですが」
「分かっているとも。聖女様は少しお待ちいただけますか。このアレンがまず安全を確かめますので」
そういう事かと納得し、クーシンは馬車の扉を閉める。職人の一人が御者として馬を歩かせ始めた。
倉庫から出た木材の道は、作業場を一周するルートにつながる。
「なるほど。確かに揺れはない」
「とはいえ、あらかじめ木材の道を置いた通りにしか走れないのが弱みです。まあ、多少はあの通りごまかしが効きますが」
馬車の窓から、倉庫の辺りを指す。
そこでは、職人たちが道を繋ぎ変えていた。
作業所一周ルートは普段は閉じた輪になっているが、それでは倉庫から出てきた馬車を乗せることが出来ない。
そこで、一旦木材を取り換えて輪を開くことで倉庫からの道につなげ、馬車が一周ルートに乗ってから閉じ直すことにしている。
「木材の道を王都までひくことは出来るかな」
「王都までは、うちの財力ではとても無理ですね」
人間も歩けるような幅広の平坦な道を引くより簡単だが、それでも硬い木材を何本も同じ高さになるように加工するのはそれなりに大変だ。特にカーブの部分が難しい。
「もったいない」
「まずは、鉱山での使用を考えています」
「違う。君だ」
王太子の手が、クーシンの肩に置かれる。
一つ年下、背もクーシンより少し低いのだが、手に込められた力はすぐに振り払えないほどに強い。
「魔法伯は断られてしまったからな。側妃ならどうだ?」
「は?」
「男爵家の財力では足りずとも、王家の財力なら足りるだろう。俺のものになるなら、多少は使わせてやる」
はいともいいえとも言えず、クーシンは固まる。
側妃なんかになりたくはない。
昨日の魔法伯提案のこともあり、王太子個人にも良い感情はない。
だが、強い言葉で突っぱねていい立場でもない。
そして、自分のアイデアを形に出来るのは魅力的だ。
「……すぐにはお返事できかねます」
「かまわないよ。いずれにせよ正妃との婚姻の方が先になるしな。だが、早く決断した方が良いだろう」
王太子はクーシンの肩から手を放し、座り直す。
「君には、時間がないんだから」
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