若き公爵の求婚 第2話 新公爵は当たってかわされる。

「ノワーズ公爵、ハオ……」


 ネーム・コールマンはそこで自分の間違いに気付き、言葉を詰まらせる。だが、すぐに改めて呼び上げを再開した。


「ノワーズ公爵、マー・ハオラン様ご来場!」


 ホールに入るハオランを、無数の視線が、2つのマグを掲げた青年が出迎える。


「遅かったな、ハオ。そして、ネーム・コールマンのミスはすまん」

「気にされる事ではありません、陛下」


 以前の王家とは異なり、新たな王は腰が低い。ハオランが学院時代からの同級生であることもあるだろうが。

 西王国では個人名の後に家名が来るが、東方領は逆で家名の後に個人名を名乗る。以前は西王国流に合わせられるのが当たり前だったから、ハオランとしても『ハオラン・マー』と呼ばれるのには慣れっこだ。

 東方風に呼んでもらえるようになったのはここ数年。かつてのカペー王家を打倒するのに大功あったとしてノワーズ男爵位が公爵位へと異例の格上げがなされてからだ。


「ネーム・コールマンには、後でみっちり言って聞かせておく」

「やめてやれ、まだ慣れてないだけだろう」


 思わずツッコんでから昔の口調に戻らされたことに気付き、ハオランは苦笑する。王は企みが上手く行ったことで頰をゆるめ、話題を変える。


「で、ハオ。まさか1人で来たとは言うまいな?」

「そのまさかさ」

「和が乱れるから、さっさとパートナーを決めろと前にも言ったろう」


 夜会で誰と最初に踊るかというのは大きな意味を持つ。だから、あらかじめ仲の良いご令嬢と連れ立って参加し、最初はその人と踊るというのが一般的。

 若い未婚の公爵がそうした慣例に従わないとどうなるか。既に、場内の未婚のご令嬢たちの間で視線が飛び交っている。ハオランと王の会話が終わった瞬間、誰が話しかけられるべきかを無言で争っているのだ。


「誰かを連れてくるということは、この視線を1人で受けさせるということだろう」


 それに耐えられるようなパートナーなど、そうそういないだろう。あるいはクーシンやスイなら平気だったかもしれないが。

 スイならどう言うだろう、などとかんがえていると、王がおどけて言う。


「お前の母上の圧よりは、よほどマシだと思うが」

「よし、母に伝えておく」

「勘弁してくれ」


 学生時代のようなくだらない戯れ。それが終わるのを待つ女性たちの柵。それをあっさりと越えた女性が、ハオランの目を引いた。

 と言っても、その女性はハオランや王の方にではなく、別のテーブルに向かっている。まるで、自分の目的以外には何の興味も無いかのような動き。


「あれはヴァルセダン伯爵のご令嬢だよ」

「ヴァルセダン伯爵の?」


 ヴァルセダン伯爵のことはハオランも知っている。2回り以上年上ながら、共に馬を並べて戦った仲だ。

 ヴァルセダン伯爵は領土が旧王都に隣接していたこともあり、不具王アレンの軍に蹂躙された。たまたま領地を離れていた伯爵当人以外の血族はその時に惨殺されたと聞いている。


「庶子がいたそうだ。知らぬうちに孤児になって修道院にいたのを探し出して、還俗させて養子に迎えたそうだよ。お前よりは少し年上だぞ」

「なるほど」


 不具王アレンの乱では、多くの貴族が帰らぬ人となった。後継を亡くした家も多く、縁者から養子を取った家も多い。彼女もそうした1人か、と思いながらハオランの足は自然と前に出ていた。

 わずか数歩でヴァルセダン伯爵令嬢に追い付き声をかける。


「お手伝いできることはありますか?」

「では、水差しと……気付けの嗅ぎ薬はお持ちですか?」


 令嬢は誰かと問う事もなく、必要なことを簡潔に伝えてくる。


「東方風で、少し刺激が強いですが。どなたか気分を悪くされましたか」

「ええ、あちらの方で」


 テーブルから水差しとグラスを一つ取り、彼女の示す方に向かう。ご令嬢たちの柵がハオランの動きに従って開く。


(自分達も救護を手伝おうとは考えないのか?)


 まあ、倒れている女性を踏まない心遣いがあるだけマシなのか。


「ササラン子爵のご令嬢だな。馬車に連絡してやれ」


 王の指示で、従者がホールの外に走っていく。その間に、ヴァルセダン伯爵令嬢は倒れた女性の上体を起こす。

 どうやら意識はあるようなので、ハオランはグラスに注いだ水を渡した。


「倒れたときに頭を打ったりしていないか?」

「それは大丈夫です。もう念のために治癒の魔…ん」


 ヴァルセダン伯爵令嬢はそこで口をつぐむ。還俗したとはいえ元聖職者なのだから、多少の治癒魔術は使えるのだろう。しかし本来、夜会の場では主催の許可が無い限り剣も魔術もご法度だ。

 しかし、人命を優先した彼女の判断は正しい。ハオランは近づいてきた王に視線を送る。


「問題ない。許可して


 状況を理解した王が、時間をさかのぼって許可を与える。


「ありがとうございます。ノワーズ公爵様」

「いや、あなたの素晴らしい手際につまらぬ泥を塗らせるわけにはいきません。お名前をお聞きしても?」

「ヴァルセダン伯爵の一女、アシュリア・ジョアネスと申します。かつ……」


 アシュリアは何か続けようとしていたが、ハオランはそれを聞かず彼女の手を取った。この時ハオランに聞こえていたのは、5年前の失恋の時に聞いた忠告。

『次に惚れた相手がいたら、ぐずぐずせずに言った方が良いっすよ』

 あの時、ハオランは『そうする』と答えていた。今がその時だ。


「アシュリア殿、私と結婚していただけませんか」


 一拍の沈黙。そして笑いをこらえきれず、王が吹き出した。

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