若き公爵の求婚 第3話 伯爵令嬢は告解する
ヴァルセダン伯爵令嬢アシュリアは、告解室に入るなり大きなため息をついた。
衝立の向こうにいる女性神官は、心配そうな声をあげる。
「どうされました、アシュリア様」
「先日、夜会にてプロポーズされました」
「あら、おめでとう。どなたから?」
「おめでたくはないです。どう断るのが良いかという相談です」
アシュリアはくちびるをとがらせて答えるが、女性神官は問いを重ねる。
「お相手は?」
「ノワーズ公爵のハオラン様です」
「あら。悪い方ではないですよ」
「それはまあ、存じ上げているのですけど」
アシュリアとて、ハオランを悪人だなどとは思っていない。倒れたご令嬢の介抱を率先して手伝ってくれたのだし。
だが、あのプロポーズはいただけない。
「あまりに突然すぎますし」
「付き合ってもいないのに求婚は確かに少し早いですね。まずは交友を深めるところから、と言えばいいのでは?」
アドバイスは妥当ではある。でも、アシュリアは別の言い訳を探した。
「私より、年下ですし」
「あら、年上が好み?」
「そういうわけでもないですけど」
アシュリアとしては、むしろ年下と接する事の方が多かったぐらいだし、そこにこだわりはなかった。
「上と言っても3つかそこらでしょう。男性の方が気にしていないなら、問題にはなりませんよ」
断言されてしまったので、次の理由を探す。
「身分も釣り合いませんし」
「今のあなたは伯爵令嬢ですよ。ノワーズ公爵家は新興ですから、家格のつり合いは悪くないはず」
女性神官の言うとおり。アシュリアが孤児であった頃ならともかく、伯爵令嬢なら公爵家への嫁入りしてもおかしな事ではない。西王国建国時からの貴族であるヴァルセダン伯爵家ならなおさらだ。
「伯爵家が途絶えてしまいますし」
現在、ヴァルセダン伯爵家はヴァルセダン伯爵とアシュリアしかいない。戦火で他の家族が亡くなってしまったからこそ、庶子で孤児になっていたアシュリアをわざわざ養子として迎え入れたのは入婿に伯爵家を継がせるためだ。
「それは、ご当主がお考えになる事ですね。伯爵のご意見は?」
「ノワーズ公爵は、若いし東方人だが頭も胆力もあると」
伯爵はアシュリアより乗り気なぐらいだ。てっきり入婿しか許されないと思っていたのだが。伯爵に言わせればノワーズ公爵は若き戦友であるらしい。家族の仇である前王家を共に討ち取った仲だということもあるだろう。
「ヴァルセダン伯爵としても、父親としても問題は無しと。それならばヴァルセダン伯爵令嬢としてはむしろ進めるべき婚姻でしょう。では、アシュリア様としては何が嫌なのです?」
アシュリアの立場は、ノワーズ公爵と結婚しない理由を提供してくれない。だから、アシュリアは自分の心の中から理由を探そうとするしかない
「……初対面として挨拶されました」
「それはまあ……。かつてのあなたとは、ずいぶん変わっているのだし」
「分かっています。でも、あの頃のことを誰も覚えていなくなるようで」
新しい王が即位し、王都も変わり、大神殿もそれに伴って移転した。全ての悪を古い王と王家に押し付け、過ぎ去ったものとして終わらせようとしている。二人の“神に愛されしもの”のことは、もう長い事話題にすら上がらない。
大神殿にとって、悪である古い王家に聖女を嫁がせようとしていたことは都合が良くない。ノワーズ公爵家も、娘が吸血鬼になったというのは公にしたくない話だ。
かくして知っている者は口をつぐみ、知らない者は知ろうともしない。
(ああ、そうか)
アシュリアは、自分の頬に涙がつたっている事に気づいた。
本当は知っていた。彼があの夜会に入ってきたときも、彼を見ていた。
近くで気分を悪くしたご令嬢を助けたかったのは本当だが、別に彼に詰めかけるご令嬢らの人柵を割ってまで直進する必要はなかった。
ほんの少し、ハオランに期待していたのだ。魔女の兄であった彼となら、あの頃のことを語り合えるのではないかと。
それなのに、まるで予想と違う言葉をかけられたから、思わず反発してしまったのだ。
「女神ならぬ身ですので、ハオラン様の心の底までは分かりませんけどね。一度話して、それから判断してもいいと思いますよ」
確かにそうだ。ハオランがあの頃のことをどう思っているかは、話してみないと分からない。
「ありがとうございます。シスター・フェンフー」
「どういたしまして。頑張ってね、アーシェ」
女性神官は、最後にアシュリアを愛称で呼んで励ましてくれた。
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