第25話 吸血鬼は魔女を狙う

 それは異様な光景だった。

 艶やかな黒髪に、白いワンピースの少女。1人であればうっとりするような美貌の持ち主。でも、寸分違わず同じ姿の者が10人近く集まっていれば、怪しさの方が先に立つ。

 そして、それを先導するのは黒いコートを着た同じ顔の少女。


「止まれ!」


 神殿の扉を守る衛兵の1人が槍を構えて警告。もう1人はすぐに奥に駆け込んだ。通り魔事件のことは聞かされているのだろう。


(何考えてるの、マリーノ)


 クーシンを狙ってくるだろうというのは読んでいたが、日暮れから一刻ほどで真正面からやってくるとは思っていなかった。


(何にも考えてないんじゃない?)


 3階から外を見下ろしているフェンフーが、呆れたような思念を飛ばしてくる。

 その推測を裏付けるように、先頭の黒コートの少女が声をあげる。


「ここに、魔女がいるでしょう?」

「何を言っている?」


 槍を構えた衛兵が怪訝な顔をするが、少女は気にせず続ける。


「邪悪な魔女を退治しにきましたわ」

「神殿に、邪悪な魔女なんているわけないだろう。それより、聞きたいことが」

「悪の魔女を庇うなら、死になさい」


 その宣言を聞いて、取り巻きの少女の1人が拳を構えて衛兵に飛びかかる。

 そこに、盾が割り込んだ。

 中々派手な音がする。


「吸血鬼め、真正面から神殿に攻撃をしにくるとはいい度胸だな!」


 盾を構えているのは、応援に来た神官兵の1人。おそらく、対不死者の特別部隊だろう。


「神殿を攻撃するつもりなんてありませんわ。女神の名の下に、邪悪な魔女を退治しに来たのです」

「吸血鬼が女神の名を騙るか!」

「私ほど信仰厚い者はいません」


 真面目な顔で言い切る少女。本人は心底そう信じきっているのだろう。

 だからこそ、神官兵たちの怒りを買う。


「ふざけるな!」

「やれやれ、馬鹿と話しても時間の無駄ですね。みんな、魔女にたぶらかされた背教者を始末しておいて」


 先頭の少女はフワリと2階の窓に飛ぶ。残りの少女たちは構えをとり、歯をむき出しにして笑う。


「パートスは司令に伝令! 残りの者は殲滅! 見た目に誤魔化されるな。女神の加護があらんことを!」


 神官兵のときの声を聞き、クーシンはフェンフーとの感覚共有を切った。


「キミリア、ヤツが来るわ」


 どうやっているのかは分からないが、マリーノに居場所がバレているらしい。侵入された2階の窓からこの部屋まではかなり近い。


「ここで迎え撃つしかないわ」


 治療を終えたばかりのスイは動かせないし、置いていけばついでにと殺されかねない。

 かと言って、今から廊下に出てもマリーノと鉢合わせするだけだ。


「開くな」


 扉に鍵をかける魔法がギリギリ間に合った。ノブがガチャガチャと空虚な音を立てる。


「クーシンさんには、幻覚が効かないんですよね?」

「そうよ」

「私にも、同じ魔法をかけられますか?」


 扉の向こうで開錠の魔法が詠唱されるのを聞きながら、クーシンは幻覚を見通す魔法をキミリアにかけた。


「これで、マリーノの本当の姿が見えるはずよ」

「ありがとうございます。犠牲者の方と同じ姿だと、ちょっとやりにくくて」


 さらに幾つか戦闘準備の魔法を使ったところで、扉が開く。

 その向こうに居たのは、小太りの吸血鬼。昼に見た時よりも肌はさらに青白く、目が赤に輝いている。夜になって本領発揮というところか。


「居たわね、邪悪なるパクリ魔女さん」

「素のしゃべり方にしてくれない? いい年の男が少女口調で喋るのを見るのって、結構辛いの」

「何を言ってるのかしら。こんなかわいい姿の私を……」

「このメガネ、幻覚魔法が効かないの」


 マリーノの顔が露骨にひきつる。


「同じ魔法を、キミリアにもかけてあるわ」


 そう言って、クーシンは自分のすぐ横を示す。


「なんでこんな事をしたんですか、マリーノさん」


 こんな相手でも、面と向かうと一応さん付けするんだなと、クーシンはちょっと感心する。


「聖女様、この魔女は私を誹謗中傷したうえ、私のアイデアを盗んでノワーズ式馬車として売り出した犯罪者なんですよ」


 胸の前で手を組んで、キミリアに訴えかけるマリーノ。まだ少女のふりを続けるつもりらしい。


「あなたが魔法協会に提出した証拠は見せてもらってます」

「だったら、聖女様にも誰が正しいかわかるはずです」

「はい。10年前の物のはずの卒業論文集に、マー家の家紋入りのノワーズ式馬車のスケッチが入ってましたから」


 なんだそりゃ、とクーシンは膝が砕けそうになる。どうやら、かなり雑に『証拠』をでっちあげたらしい。

 しかし、マリーノはクーシンの横の空間に指を突きつけて叫ぶ。


「魔女を庇うなんて聖女失格だ!」

「アンタが決めることじゃないでしょ、それは」


 クーシンはわざと大げさなため息をついてから続ける。


「というか、魔法科卒なのよね? 魔法をまるで使わないノワーズ式馬車のアイデアが魔法科の卒業論文に載るわけないじゃない。捏造するにしても、もうちょっと上手くやりなさいよ」


 マリーノの赤い目がますます赤くなり、クーシンを見据える。

 クーシンは壁際のキミリアに目配せをした。キミリアが小さな声で呪文を唱えはじめるのを聞き、マリーノに小馬鹿にした笑みを向ける。


「そもそも、アタシはアンタに誹謗中傷なんかした覚えないわよ。アンタみたいな小物に関わってる時間はないの」

「この俺が小物だと? 吸血鬼の真祖だぞ!」

「小物でしょ。不味い男の血で我慢しなきゃいけないのは、小物の証」


 かなり図星だったらしい。マリーノは顔をさらにこわばらせ、ズボンのポケットから羊皮紙を取り出す。


「てけざ・ふぃーん!」

「盾よ!」


 マリーノの飛ばした魔力の塊は、クーシンに当たる前に弾けて消える。

 クーシンは内心冷や汗をぬぐった。もうちょっとのんびり魔法を唱えると思っていたのだ。防御が間に合ったのは戦闘前に仕込んでいたからに過ぎない。


「小癪な!」

「アンタの魔法が遅いのよ。メモ見て唱えるなんて、幼年学校レベル?」


 マリーノはもう一度魔力塊を撃ってきたがそれも盾の魔法で止める。


「何度やっても一緒よ」

「クソ魔女が! だったら盾で防げない魔法にしてやる!」


 実は今の魔法を連打される方が危ない。あらかじめ仕込んだ防御魔法は後1回分しかない。

 だが、挑発に乗ったマリーノは長い詠唱を始める。


「なっちゃ、まざをえれ、とらすふぉ、すてぃる」


 スイを大怪我させた、刃の網の魔法だ。クーシンは自分の体の表面にうっすら魔法の力場をまとわせる。これで少しは切り裂かれるのをマシにできるはずだ。


「ふぁぶれ、きゃぷち、ふぁきめ。とぅあ!」


 マリーノが魔法を唱え終わる。鋼の網が広がりながらクーシンと、その横を包み込む。


「ふははは! 偽聖女が何かするつもりなのは分かっていたからな。この刃の網は範囲を広げれば複数人同時に巻き込むこともできるんだ!」


 広がった分だけ網の目が粗くなっている。拘束力は少し落ちるが、元々非常に切れ味のいい網だ。この粗さでも十分大怪我になる。


「中々便利ね。まぁ、巻き込めてないけど」

「何っ⁉︎」


 網に捕まったのはクーシン1人だけ。マリーノの目には、クーシンの横に立つキミリアが網をすり抜けたように見えたはずだ。


「幻覚だったのか!」


 慌てて辺りを見回すマリーノ。

 本物のキミリアは長い長い魔法をもう少しで唱え終わるところ。胸の前に掲げた手に、光が集まってきている。朝日と同じ暁色の光。真祖であろうと、吸血鬼を一撃で消し飛ばせるだろう。


「てけざ……」

「盾よ!」


 咄嗟に放った魔力塊も、クーシンの展開した盾に当たって砕ける。

 もう、妨害は間に合わない。


「女神よ。罪深き吸血鬼を……」


 最後の1小節。そこで突然キミリアの詠唱が止まった。

 暁色の光に、純白の別の光が混じる。

 クーシンは思わず息を呑んだ。


 発作だ。

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