第10話 男爵一家は密談する

 ノワーズ男爵夫人、ジャオ・シャオレイは、物腰穏やかな黒髪美人だと思われている。

 でも、それは事実の半分。

 ただの物腰穏やかな黒髪美人なら、娘が使い魔を贈り物にして事実上のスパイ活動を行っていたと聞いて、こうは言うまい。


「使い魔にしたタヌキを送り込んだというのは良い手だわ」


 さらに、穏やかな笑みを浮かべて小首をかしげて続ける。


「でも、なぜ聖女に贈ったのかしら。わたくしなら、王太子に贈るけれど」


 つまり、なんで王家じゃなくて教会をスパイしたのかと。そういう質問だ。

 スパイ行為自体が倫理的に良くないとか、そういうお説教は出てこない。

 ついでに言えば、聖女も王太子も敬称なしの呼び捨てである。

 シャオレイはかつて独立国であった昭邑の王女。昭邑が亡くなって西王国東方領となった後も、彼女のプライドは残っている。

 

「えっと、その……」


 クーシンは答えに迷った。

 どうせスパイするなら王家の方が重要情報が手に入りそうだというのは事実だし。

 そこまで考えてやった事ではないのだけれど、それを素直に言うのは悪手な気がする。


「聖女様が、お嬢の友達だからっすよ」


 お茶をもって入ってきたスイが助け舟を出す。

 密談中の男爵夫人の私室に、ノックもせずに入ってきているのだが、誰も咎めもしない。


「……そうなの?」

「うん、まあそんな感じ」


 ちょっとしっくりこないが、せっかくの助け舟なので乗っておく。


(友達だからスパイするってなんだか理屈が変じゃないかしら?)


 だが、母親は、そうなのねと受け流して話題を変える。


「で、その聖女ちゃんがうちに来るわけね」


 なぜか聖女がちゃん付けになった。敬意があるのかないのか。


「王太子殿下もな」


 これまで黙っていた父が補足する。こちらは、ちゃんと敬称をつけている。


「まあ、そうなるわよね」

「そういうものなの?」


 当然とばかりにうなづく母に、クーシンは疑問をぶつける。


「慣例としてね」


 スイからお茶を受け取った母は、目をつぶって香りだけを味わいながら言葉を続ける。


「記録を調べる限り、西王国の王か王太子が独身かつ至聖教に聖女がいる場合、ほぼ確実に縁談が持ち上がってるわ」

「王家の権威を高めるためだな。前に陛下と話した時に少し探りを入れてみたが、前向きなようだ」

「そういうものなのね」


 友達が知り合いと結婚することに、何の問題があろうか。いや、ない。

 ないのだ。


「至聖教側は、東方訪問の意思を固めたとみていい。だから、王家に『たまたま』東方巡幸する理由があると良い。王太子殿下と聖女様が同行し、そこで親睦を深めるというのは良いきっかけだ」


 もちろん、本当に『たまたま』ではなく、そういう事にするという意味だ。


(要するに権威付けしたがってる王家の手助けをして、点数稼いでおこうってのがノワーズ男爵家としての方針って事ね)


 クーシン自身では絶対考えない事だ。

 辺境の男爵としてはそういう事をして王家に好印象を持ってもらう必要があることもわかる。

 が、ちょっと納得しづらい。


 しかし、そんな葛藤が勝手に伝わる訳もなく。父はそのまま話を続ける。


「ということで、急な話だがクーシンの無揺馬車を王家に献上したいと思う」

「ちょっと難しいわ」


 母の即答。


「一応見てみたけど、今のままじゃ無骨すぎる。王家の格に合わない。そもそもベースが安っぽいのよ。一から作り直さなきゃ」


 男爵家所有の馬車としては、上から3つ目。けっこう良い馬車を改造したつもりだったのだけれど。

 しかしこの場合、クーシンの貧乏男爵令嬢の感覚より、母の亡国の王女の感覚の方が多分正しい。


「一から作り直すのでは、結構時間がかかるな……。王家の格に見合うものとなると、材料から厳選する事になる」


 指を曲げ伸ばしして何か数えてながら父がつぶやく。

 最後に首を左右に振ったところを見ると、ちょっと日程が合わないようだ。


「おーじさまから、馬車もらって改造すれば良いんじゃないすか?」


 スイが横から口をはさむ。

 皆にお茶を配り終わり、ちゃっかり自分用のお茶をすすりながらだ。

 一応『様』付けはしているが、口調のせいで敬意はあまり感じられない。


「良い手だわ。どうせ王家にあげるものに、うちの資産を割きたくないもの」


 あけすけに本音を語る母に、父もクーシンも苦笑する。

 最初から王家のものである馬車を改造すれば、王家に見合う格がどうこうという心配がないのは確かだ。


「しかし、いきなり『改造するので馬車をください』は通らんよ」

「ストーリーが必要ね」


 母は飲み終えたカップをスイに押し付けて立ち上がる。

 何だか妙にウキウキした様子で歩き回りながら話を始める。


「まず、今のクーシンが作った無揺馬車は男爵家に合う程度に飾りつけ。王都で普段使いにしろとハオに渡す」


 ハオはハオラン、ここにはいないクーシンの兄の愛称だ。


「ハオの友人である王太子がそれを見て、自分も無揺馬車が欲しいと言い出す」


 友人だそうだ。既に確定で。

 王都の大聖堂の礼拝儀式に連れ出されていたのも、母公認だったのだろう。


「しかし、東方の低位貴族であるノワーズ男爵では、西王国王家の馬車に求められる格が分からない」


 ここでだけ、少し母の顔が曇った。自分の策略の一部とはいえ、田舎者扱いされるのは気に食わないらしい。

 だが、すぐに口角を引き上げ、話を続ける。

 

「そのため、王太子は自ら王家向けの無揺馬車をデザインするために東方領へ向かう事を決める」

「陛下は王太子殿下の提案を受け入れ、参考のためにも王家の馬車を一台持っていくことを許す。ついでに、聖女様も同じ馬車で東方に行くよう提案する」


 話がよめたと、父が割って入り、母はおもちゃをもらった子供のように微笑む。


「その馬車、使っちゃっていいの?」


 無揺馬車への改造のためには、一旦土台と居室部分を切り離して、綱などの部品を組み込まないといけない。『参考のため』の王家の馬車を切り刻むのは、クーシンにもちょっと度胸がいる。


「王太子殿下が許可を出せば問題ない。もちろん、陛下には事前に内諾を頂いておいて、公式には改造後の馬車に試乗してからの事後承諾だな。一度は軽く王太子殿下をたしなめるポーズも入れて」

「なんだか、ややこしいわね」


 父にとっては即答できる程度の、つまり貴族的にはそこまで難しくない外交手順なのだろう。

 でも、クーシンからするとややこしいというか無駄のカタマリというか。

 はじめから、『改造していいよ』の許可を出す方が楽だと思うのだけれど。


「そーいうもんです」


 訳知り顔でうなづくスイ。

 多分、分かってない。

 しかし、母もそれに追随する。


「そういうものよ。クーも……まあ、覚えなくても良いわ」


 上機嫌な母は、ちょっとかがんでクーシンと目線を合わせる。


「クーはこれまで通り、新しいものを作ってくれる方がありがたいもの。ややこしい謀りごとはハオにやらせるから」


 クーシンと良く似た吊り目が、いつもより少し下がっていて本当に楽しそうだ。

 クーシンも発明の事を考えてる時は同じような顔なのだが、それは棚に上げて心の中でため息をついた。

 お兄様も大変だわ。

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