第3章 聖女、東へゆく
第9話 聖女は愛をかたる
スイの手綱捌きに従って、二頭の馬は少し右に進路を変える。
踏み固められた道から、その脇の草地へ。引かれる馬車も、それに続いた。
路面の状況としては当然よくないのだが。
「すごいな、クーシン! 全然揺れないじゃないか!」
馬車の中で、クーシンの父は喜びの声をあげる。
「まあね」
とクーシンはクールに返した。
馬車の土台と居室部分を切り離し、土台に張った丈夫なロープの上に居室を乗せる。
単純に言えばこれだけの改造だ。土台部分はこれまで通り道の凹凸にそって揺れるが、居室に伝わる揺れはかなりマシになる。
とはいえ、全く揺れない訳ではないし、ロープのきしむ音もするし。まだ改善すべき点は多い。
「ちょっと浮かない顔だね。満足してないのかい?」
「いや、初めは、はしゃいで、ましたよ。『やっぱり、あたしは、天才ね‼︎』って」
御者台からスイが途切れ途切れに口をはさんでくる。居室の外である御者台は土台側なので揺れが強いのだ。
「スイ! 言わないでよ!」
御者台も居室側にできないか、職人たちに相談してみよう。
父の伝手で手伝ってくれている木工職人たちは腕も頭も良い。改造元の馬車があったとは言え、アイデアを話してから3日でなんとか乗れる形に仕上がったのは、クーシンにとっても予想外だった。
思わずはしゃいだ途端に居室がロープからズレて落ちかけたけど。
その後、固定方法とか居室のサイズとかを見直して、ちゃんと安全確保したのが今乗っている馬車だ。
「いいじゃないか。コレは本当に自慢していい結果だとわしは思うよ。次に王都に行く時に使ってみよう」
「その前に、もう少し飾りつけなきゃ」
「そうだな」
今乗っているのは試作機なので、使っている材木がそのまま見えている。せめて表面を滑らかにして色を塗るぐらいはしないと、父はともかく母が納得するまい。
「シャオレイに頼んでみ……」
(クーシン、助けて!)
クーシンの頭の中で声なき悲鳴が響く。
「ちょっと静かにしてて、お父様」
少しでも集中するために父を黙らせ、目をつぶってフェンフーとの感覚共有を始める。
(使い魔が主人を呼びつけるなんて、いい度胸……)
文句の思念が途中で途切れる。
さすがに圧倒されたのだ。
フェンフーがいるのは、石造りの大きな部屋の中。百を優に超える人々が、礼儀正しく椅子に座り、フェンフーに視線を向けている。いや、違う。
「光が髪の先から段々と広がっていくのを見ながら、私は『ああ、天に召される時が来たのだな』と覚悟を決めておりました」
群衆が見ているのは、とうとうと語る聖女キミリアだ。
つまり、ここは王都の大聖堂。週に一度の礼拝なのだろう。
聖女自らがとり仕切る最上級の礼拝儀式に違いない。なにせ、最前列に座っているのはキミリアも知っている西王国国王、ジェムログ2世なのだ。
壮年の域に差し掛かった王は、威厳ある顎ひげをなでながら、演壇の聖女とフェンフーから目を離さない。
「しかしその時! こちらのフェンフー様がスルリと神官の腕を抜け出し、濡れた湯衣をはね除けると、私の体を引っ掻いたのです!」
キミリアの小さな手が、演壇の上のフェンフーが入った檻を押し出す。
(なんて話をしてるのよ!)
先日の発作の話なのは分かるが。
大浴場で獣とたわむれる話を公の場で話すのは淑女としていかなるものか。
そんな、柄にもなく良識的なツッコミすら浮かんでくる。
仮にも至聖教の正式な儀式の場でしょうに。
クーシンのツッコミはもちろんキミリアには届かない。むしろ、演説は最高潮だ。
「もちろん痛みはありました。しかし、その痛みのおかげで意識を集中させる事ができました。光になりかけていた私は、そのおかげでで生き延びたのです」
国王の隣の女性が、感極まって目尻をハンカチで押さえる。
そのすぐ後ろに見知った顔があることにクーシンは気づいた。
(なんで、ハオ兄があんな所に?)
クーシンの兄、マー・ハオランである。クーシンと同じく母親似で、涼やかな目元が売りの美形である。普段は。
今はポカンと口を開けているので、ちょっとマヌケな感じがある。
なんで、王都の大聖堂で聖女がタヌキを褒め称えているのかさっぱりわからないという顔だ。
(ごめんね、兄様。今度説明する)
「つまり、フェンフー様はどうすれば発作を止められるか理解して、意図的にそれを行なったのです。正しく、大聖獣でなければ成し得ない事でしょう!」
キミリアの言葉を理解しているのかいないのか、フェンフーが胸をはる。
(大聖獣だから、じゃなくてアタシの使い魔だからだけどね)
使い魔だと大っぴらには言えないけれど、自分の事が完全に無視されるというのもちょっと不愉快だ。
「そして、大聖獣たるフェンフー様が私を生かそうとするということは、私にはまだこの世で果たすべき使命があるのです」
キミリアは演壇で後ろを振り返り、女神像に向かって手を合わせる。
「私はその使命とは、東方教化への助力だと信じます。既にいく人もの宣教師らが東方にて活動をしていますが、未だ女神の威光が充分に届いているとは言えないと聞いております。私が訪問することで、少しでもその手助けができればと考えています」
聖女の宣言から一拍おいて、拍手が出た。
最前列の国王自らの拍手だ。
それは、西王国が国を挙げて聖女の東方訪問を支援するという決意表明である。
王妃も、他の貴族らも、続いて拍手する。ハオランも、隣に座る王太子に突かれて拍手を始めた。
(えっと、つまりキミリアが
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