第15話 魔女は???と邂逅す
「よく飲むわねぇ」
お手洗いから出たクーシンは、大広間から聞こえる笑い声に呆れた感想を漏らす。
太白猪と王太子のために、何十回目か分からない乾杯が捧げられている。
大物猪は本当に大物だった。落とされた首だけでもクーシンより大きいぐらいだ。
しかも、トドメはあの王太子がさしたというのだから恐れ入る。
今夜だけで5回は聞かされた武勇談によれば、王太子は太白猪に怯えた馬に振り落とされてしまったらしい。しかしそのまま冷静に指揮をとり、ハオランや従者たちが時間を稼いでいる間に水晶の槍の魔法で猪の心臓をぶち抜いて倒したそうだ。
実際、猪の巨体の中央を貫いた跡はあったので概ね事実なのだろう。ちょっと盛っているかもしれないが。
広間に戻るか、それともしれっと自分の寝室に戻るか。
時間を考えればそろそろ引っ込んでも許されるし、腹具合の方も十分だ。
ただクーシンが中座した時は、まだキミリアは宴の場にいた。
(本当によく食べるのよね、あの子)
世話係のウルスラの方が既に眠そうにしていたので、代わってあげるのも良いかもしれない。
そんなことを考えた時、揚げ芋の大皿を運ぶハオランが声をかけてきた。
「あ、クーシン。スイが呼んでたぞ」
「どこで?」
「お前が実験室に使ってる離れの方」
(メイドのくせに主人を呼びつけようなんて、いいご身分よね。
お兄様も、素直に伝言役やっちゃってるし)
そんな風に考えながらも、離れの方に行くクーシン。
薄揚げ芋を胃に詰め込むのに夢中だったはずのスイがわざわざ兄に伝言を頼んでまで呼んでいるのなら、何かしら意味があるのだろうという考えだ。
しかし、実験室の前で灯り代わりの魔法の光に照らしだされたのは、長身のメイドではなく純白の修道衣に身を包んだちんちくりんの少女であった。
「あれ?」
「おお、クーシン。来てくれたのか」
口調がおかしい。
キミリアなら、「あ、クーシンさん! 来てくれたんですか!」になるはずだ。
「宴も悪くは無いが、クーシンと話したくてな。抜け出してきてしまったよ」
しいて言うなら、王太子の口調に近い。でも、それにしては声が低め。こちらをイラつかせる高圧さも足りてない。
「どういうジョーク?」
「ジョークでは無いよ。僕の本心だ」
数歩分の距離を一瞬で詰め、聖女の姿をした者はクーシンの手を取り、口づけした。
背筋がぞわっとする。
(おかしい!)
何が、かは分からない。
だが、そもそもここにクーシンの実験室があるということは王太子にもキミリアにも言っていない。
そもそも、兄を伝言役にしてクーシンを呼んだはずのスイはどこにいるのか。
手を振り払って呪文を唱える。
咄嗟に口をついたのは、今日、嫌と言うほど唱えた魔法。
「刃よ!」
空中に出現した刃を、大人の頭程度の高さに飛ばす。
あえて少し遅くした刃は『何か』に当たってはたき落とされる。
「いきなり攻撃とは酷いな」
「当たらないようにしてるわよ。あんた何者!」
聖女も腕を振っていたが、何にも当たってはいない。
刃は彼女のかなり上を通り過ぎるはずだった。それなのに反応したということは、クーシンから見えていないだけで、そこに『誰か』がいるのだ。
「大人しくしてくれないかな。クーシンに危害を加えるつもりはない。ちょっと頼みごとをしに来たんだ」
「信用できないわね。何故キミリアの姿をしているの?」
「んん!? そう見えとるのか?」
なんだか話がかみ合わない。
誰かがいるのはいいとして、聖女の姿をしている者はなんなのか。
本物のキミリアが操られているなら、彼女に害があるような攻撃は出来ない。
幻覚ならありがたいのだけど。
(厄介ね……フェンフー?)
使い魔に思念で呼び掛けるが、返答はない。
フェンフーなら匂いでキミリアがいるか分かったりしないかと期待したのだが。
「致し方ない。ちょっと手荒になるが、大人しくしてもらおうかの」
『誰か』の口調が、王太子風から古風なものに変わる。
同時に聖女は拳で自身の腹を打つ。ポンと鼓のような音が聞こえた。
音の余韻が闇に消えると、その代わりのように王太子の従者が2人現れる。
それぞれ手にはロープを持って、にじり寄ってくる。縛り上げるつもりなのか。
(これは、さすがに幻覚でいいわよね)
魔法の灯りの範囲に突然現れたのだから、本物の人間が操られているという可能性は低い。
しかし、幻覚魔法で隠されていたという事も考えられる。
万が一を考えると、やはり直接攻撃はしたくない。
クーシンは後ずさりながら両手を振り回して従者たちをけん制する。
だが、従者たちはそれをものともしない。
「そんなことをしても逃れられんよ。大人しく話を聞いとくれ」
勝ちを確信した『誰か』の声。
しかし、それこそクーシンの狙い通りだ。
振り回した手を自分の顔の前で交差。さらにしっかり目をつぶって一言。
「光!」
光の粒はクーシンのすぐ前にあらわれ、すぐに爆発した、はずだ。
最初にタヌキを捕まえた時にも使った閃光の魔法だ。
あの時は光量の加減が分からずにクーシン自身も眼がくらんでしまったが、今回はしっかりガードしている。
目を開くと、従者たちのの姿は無くなっていた。
聖女の姿をした者は残っているが、目を押さえてうめいている。
この機を逃さず、クーシンは呪文を続ける。
「大地の双槍!」
『誰か』がいる場所を聖女のすぐ後ろと判断。その両横の地面に干渉。
地面が変形し、一抱えもあるような太いトゲが伸びる。
2本のトゲは、聖女の頭上で交差し、そこにいるはずの『誰か』を貫く、はずだった。
「ぬおおおおっ!」
呪文を聞いて攻撃を察知したのか、聖女が両手を振り回す。
空中で、2本のトゲが折れ砕けた……だけならよかったのだが。
砕かれたトゲの片方が、運悪くクーシンに向かって飛んでくる。
そんなものを咄嗟にかわせるほど、クーシンの運動神経は良くない。
このままでは、トゲに押しつぶされる。
そう覚悟したとき。
(危ない!)
(フェンフー!?)
横合いから思いっきり体当たりされ、クーシンは地面に転がる。
トゲは一瞬前までクーシンがいた空間を通り過ぎ、地面に落ちて砕け散った。
「グゥー!!」
クーシンを助けたフェンフーは、そのまま聖女の頭上の空間を睨みつけ、威嚇の声をあげる。
「たしかに。こりゃ儂が悪かったの」
『誰か』はフェンフーの声を抗議と受け取ったらしい。
どろん、と音がして、煙が聖女を覆い隠す。
「えっ???」
煙がはれた時、そこには聖女の姿は無かった。
代わりにいたのは、普通の人間より頭一つ高い、巨大なタヌキ。
人間のように2足歩行で立っているそのタヌキは、両手を胸の前で合わせると見事な東方流のお辞儀をしてこう名乗った。
「お初にお目にかかる、マー・クーシンどの。我が名はショウハオ。平たく言えば化け狸の長だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます