第33話 魔法使いは大いに語る

 持ち上げたカップがもう空だった事に気づき、クーシンは後ろに控えるスイに目をやる。

 スイは特に何も言わず、テーブルの上のポットを勝手に取ってクーシンのカップに茶を注ぐ。かなり冷めた茶を一気に半分近く飲み下してから、クーシンは大きめに咳払いをした。


「ん、おっとすまないね。つい夢中になってしまった」


 流石に気付いてもらえたらしい。この部屋の主人である中年男がようやくノートから顔をあげる。


 彼はこの部屋だけでなくこの建物、そしてそこを本拠地とする組織の主人でもあった。当代の魔法協会会長、ダムブル・ブラメロン。肩書はかなりのものなのだが、本質的にはただの魔法フリークである。

 だからこそマリーノのノートの持ち込み先として最適と判断したのだが、適しすぎていたらしい。ページをめくり始めると話の方が完全に止まってしまい、結構な時間待たされた。


「これは、貰っても?」

「魔法協会へ寄贈します。自分用の写しは取ってありますし」


 うっかりダムブルの個人的コレクションにされないよう、一応釘をさしておく。まぁ、協会の所蔵にしても、協会長は自由に読めるのだから気にはしないだろうが。


「ありがたい。実に興味深い魔法だ」

「協会長から見てもそうですか」


 クーシンから見ても独創性の強い魔法の数々だったのだが、魔法フリークから見ても同意見ということは、やはりかなりの実力の持ち主が作った魔法ということになる。


「マリーノが自力でそれらの魔法を開発した可能性は?」

「私は彼と生前特に親しかった訳ではないから断言はしかねるね。しかし、学院時代の指導教官の言や卒業研究からすると、考え難い」


 研究者的な持って回った言い回し。分かりやすく言えば、ありえないという事だ。


「誰かがマリーノにそれらの魔法を教え込んだ可能性は?」

「ふむ……今の我が国でそれが出来そうなのは4人しか知らない。そのうち2人は外していいだろう。私と君だ」


 クーシンからすれば、協会長が教えた可能性も否定はできないが、流しておく。その場合、さっきは自分が教えた魔法を興味深げに読みふけっていた事になるわけで。そんな器用な芝居ができるタイプではないだろう。


「3人目のアルバス老はカクサス山に隠遁しているし、大の貴族嫌いだから可能性は低い。最後の1人は至聖教の聖女殿だ。彼女が教えたのだとすれば大スキャンダルだな」

「それは、ありえません」


 キミリアがマリーノと元々顔見知りだったなんてありえる訳がない。一緒にマリーノ退治をした身として断言できる。

 協会長も頷いて同意し、次の推測に移る。


「となれば、生きている人間の候補者は無しだ」

「つまり、人間でない?」

「年経た竜、伝説にある上のエルフ、真に古く微睡続ける者……。候補がいないとは言わない。しかし、そいつらが家からも追い出された三流魔法使いに懇切丁寧に魔法を教えるだろうか?」


 能力はあっても、機会も動機もない。みすぼらしい下働きの少女が実は王の隠し子だった、なんて御伽話の方がまだ現実味がある。


「しかし、誰かに教わったというのはありうる線だ。つまり、生きていない人間だね。そういう魔法があるんだ。頭蓋骨に生前の知識を語らせる魔法がね」


 目を大きく見開いて語る協会長。クーシンにも、思い当たるフシはあった。

 『聖女の頭蓋骨』。

 あれが本当に過去の聖女か、あるいは聖女と誤認されるほど魔法技術に優れた人間のものであったら。


「それを閲覧させてもらえますか?」

「無理だ」


 思わず顔を歪めたクーシンに、協会長は弁明する。


「嫌がらせではないよ。この魔法協会に一度は登録された魔法なのだが、実践方法の記録が無くなっていてね。記録上は先々代の頃に貸し出した事になっているのだが、貸した相手も分からないので、失われたと言っていい」


 無いものは見せられない。理屈は通るが、見せたくないが故の嘘かもしれない。マリーノの屋敷にあった儀式の痕跡がその魔法だとすれば、人間を生贄にするような倫理に反するものだし。

 その可能性を検討するクーシンに、協会長は真剣な顔で続ける。


「魔法の知識というのは、このように失われやすい。君の研究ノートについても、一筆書いておいてくれよ。どんな事が書いてあるか楽しみなんだ」


 クーシンが死んだら、研究ノートを魔法協会に寄贈するよう遺言しておいて欲しい、とそういう意味だ。

 ちょっとだけ、イラっとした。

 確かにクーシンにとって死は遠いものではないが、それを期待するような言い方をされると。

 だが協会長に悪気はないし、クーシンが生み出した魔法を残すべきだという思考も間違いではない。


「考えておきます。無くなった記録も戻ると良いですね」

「ああ、全くだ」


 少しだけ嫌味を混ぜたつもりだったが、完全に本気で返された。やはり、悪気は無いのだ。多分、魔法の記録がないのも本当だろう。


(先々代の頃って事は、マリーノとは関係なさそうね)


 そう考えて、ここで訪問を切り上げる事にする。来る前は『聖女の頭蓋骨』についても聞いてみようかと思っていたのだけれど。あまり期待出来なさそうだし、話し始めるともっと長くなりそうだったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る