第34話 王子は聖女を魔女に売る
父経由で打診した王太子との話し合いは、あっさりと受け入れられた。父が「娘が殿下と内密にお会いできないかと言っているのですが」と言ったところ、間髪入れずに「では、明日の午後早くにバラ園で」と返されたらしい。早すぎる。
だから翌日、王家秘蔵のバラ園でさわやかな笑顔をたたえた王太子の顔を見てもクーシンは不信感しか感じなかった。
「君の方から会いたいと言ってくるのは意外だったよ、クーシン」
「そうですか? そう仕向けたのかと思いましたが」
言葉にも少しトゲが出る。王太子もこちらもお供を1人しか連れてきておらず、たった4人しかいない場なのでなおさらだ。
王太子の方も、あまり気にしていないようだ。笑みを崩さないまま手を振って、周りのバラを示してみせる。
「よく出来た庭園だろう? 単にバラを植え、水をやってもこうはならないんだよ」
確かに自慢するだけのことはある。薄く透明な板ガラスは熟練のガラス職人と十全な魔法の助けが揃って初めて作成が可能になる高級品。それを何十枚と組み合わせた温室に、赤白黄ピンクと色とりどりのバラが咲き誇っている。単に様々な色のバラを植えたというわけではなく、同じ色のバラ同士である程度繋がりがある。
(何かの紋様のつもり? でも、何かしら?)
意味がある絵になりそうなのだが、よく分からない。首をひねっていると、王太子の解説が入った。
「今はまだ未完成だ。時期が来た時にどのような姿にするのかを考え、時期が来るまでの季節の変化も考えて植える。育つ間も、ただ見ていればいい訳ではない。それぞれの木や枝の育ち具合をみて、時には最終的な姿の予定に少し修正を加えることもある。3年後の完成が楽しみだ」
(3年後じゃ、あたしは生きてなさそうだな)
シンプルにそう思ったクーシンを、王太子が探るような目つきで眺める。
「私もバラを植えている。植え始めたのは私ではないが、どう育てるかは私と父で決める」
言いたい事は何となく分かったが、あえて無視する。曖昧な言葉で、変な言質を取られたくない。
「バラの育て方を教わりにきたのではないのですけど」
「同じさ、国もね」
王太子は肩をすくめた。笑みは消えないが、質が変わる。爽やかな好男児を装う必要が無くなったか。
「もう少し洒落た会話を続けたかったのだけど、意外と乗ってくれないね」
「そういう事をする時間はないので」
「なるほど。君は"神に愛されしもの"だからね。では散文的に行こう」
王太子は指を2本立ててクーシンにつきつけた。
場の雰囲気も変わる。話が本題に入ったからか、あるいは別の理由か、王太子の付き人の立ち方が少し変わる。それに応えるように、スイもクーシンとの距離を詰める。
外ではなく、お互いを警戒する動き。
「クーシン、君に2つの選択肢を提示する。1つは、マリーノの屋敷から回収した全ての物を渡し、内容を忘れること。そうすれば、私は君と君の家を私たちの計画に巻き込まないと誓おう。少なくとも君が亡くなるまでは」
マリーノの名が出てきたことで、クーシンは王子に会う判断が正しかったことを確信する。
その確信にすがって、なんとか緊張に打ち勝って笑みを作る。なるべく、悪だくみに長けているような笑みを。
「ずいぶん軽い対価ですわね」
「足りないかい? では、亡くなった後も君の家のその時の当主が望むまでは、と付け加えよう」
計画の内容を知れば、参加したがる当主もいるだろうと言いたいらしい。
父や兄がちゃんと時流を読み切って参加の判断をするなら、それはそれで構わないとも思える。ただ、条件の詳細はもう少し確認が必要だ。
「すでに、他に譲渡してしまった物があるのですけど」
「何を、どこに?」
王太子の眉が跳ねあがるのを、クーシンは見逃さなかった。
「マリーノの研究ノートの、読み終わった分を魔法協会に寄贈しました。マリーノのものとは思えない興味深い魔法が記載されていましたので」
正直に説明しながらも、王太子の反応をうかがう。王太子は険しい目つきのまま、独り言のように問う。
「ダムブルはそれを使うかな」
「さあ? そうかもしれないし、そうでないかもしれないですね」
王太子が警戒しているのは何かの魔法だ、ということはこれで分かった。とはいえ、多分ノートに書いてあった魔法では無いだろう。
「他には?」
「他にはまだ。盗みに来たのは居たそうですけど」
「それは気にしなくていい」
盗みに来た冒険者も王太子の差金だったのか、あるいは盗まれていないなら構わないということなのか。
聞いても答えてもらえなさそうなので、話を進める。
「もう1つは?」
「もう1つは、同志になることだ。未来のためにバラ園の管理をするのも楽しい事だがね。やはり最も美しく咲き誇るバラをこの目で見たいのだ」
「王権を強化して、好き放題できる時代を楽しみたいと」
「この国をもっと豊かにするためだ。四公爵家の顔色を伺ってばかりでは改革は進まない」
まあ、気持ちは分からなくもない。クーシンも、東方領が豊かになるよう色々なものを作って来た。だがそうなる頃には、きっとクーシンは生きていない。豊かになった東方領をこの目で見たいという欲望は確かにある。
「そのために、吸血鬼になろうと。どうやって?」
吸血鬼になれば、人間の寿命は関係なくなる。血を吸い続ければ、永遠に生きられる。
「君の持つ鍵が、それを知っている。マリーノ程度でも成れたのだからね」
王太子は否定も肯定もしない。クーシンに言質を取らせることを避けているのだと思う。
「鍵にしゃべらせる方法は提供する。君は聞き出したやり方をまとめて、私に渡す。君自身も、同じ方法を使って永遠に成る事ができる」
向こうから持ちかけてきた割には、クーシンの方が有利な取引だ。聞き出した吸血鬼化の魔法を渡さず、自分だけが吸血鬼になる手が使える。マリーノがそうしたように。
「アタシが、マリーノのようにする可能性は考えないの?」
「君は彼ほど愚かではないと信じるよ。君には家族も領地もある」
なるほど。家から放逐されたマリーノは持っていなかった弱み。裏切るなら、権力だろうが軍事力だろうがなんでも動員してマー家も東方領も潰してやる、とそういう脅しだ。
たった1人では、例え吸血鬼になっても西王国全体を敵に回してそれらを守りきることはできないだろう。
「至聖教はどうするの? 不死者が王の国なんて、あの人達は認められないでしょう」
多分、王太子が明言を避け続けているのはこのせいだとクーシンは考える。西王国において、至聖教は庶民から貴族にまで広がっている。その至聖教が王家を祝福しているから、皆が王に従うのだ。
至聖教に背き、神の敵だと言われてしまうと国中で反乱が起こるかもしれない。
「表だって敵対する気はないよ。そもそも、玉座に座り続ける気はないんだ。私自身が永遠になるのは、後継者がそれなりに育ってからだな」
引退後に裏から国を操って支配したい、ということか。神殿がそれに全然気付かないとも思えないが。
(そもそもアタシが吸血鬼になれるかどうかも分からないのよね)
吸血鬼になる魔法の詳細は分からないが、不死者というのは一度死んだ者が邪悪な魔法で変質したものだと聞く。一度死なないといけないなら、その時に発作で身体が魔力になるのではないか。そうなると吸血鬼として復活することも無いだろう。
クーシンが考え込んで質問が止まったのを、王太子は別の意味で取ったらしい。
「聖女が気になるなら、君にやるよ。式の後でならね」
ついでに飴を一つ投げ与えるみたいな言い方で、王太子は聖女を魔女に売り渡す。
「永遠になった君が、聖女を永遠にしてやるといい。どうだい、素敵な取引だろう?」
吸血鬼なら、吸血鬼ならそれができるのだ。
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