第23話 吸血鬼は魔女を憎む

「何をしているのかしら、泥棒さん」


 いつの間にか、部屋の扉の前に黒いコートを着た少女が立っていた。

 元々は儚げな容貌のはずだが、今は意地の悪そうな笑みを浮かべている。

 そして、その笑みはクーシンの顔を見た瞬間に醜く引きつった。


「お前は、クソパクリ女!」

「はぁ?」


 予想外の罵声に、思わず間抜けな声が漏れる。


「クーシン・マー! 俺を中傷して、アイデアをパクり、今度は泥棒にまで入ったのか! まともな人間とは思えない!」


 そんな言い方をされる覚えはない。いやまあ、最後の泥棒に関しては否定できないけれど。

 クーシンはメガネをかけなおし、少女の方を見る。

 そこに見えるのは、ラウディを3割増しにしたらこうなるかなという感じの男。まだ若いはずだが、太っているせいか中年ぐらいに見えなくもない。


「あんたがマリーノ?」

「見ればわかるだろう!」

「いや、わかんないわよ」


 元々知っている相手ではないのだから。メガネ越しに幻覚ではない本物の顔を見ても思い出せない。

 だが、マリーノは勘違いしたらしく、脂肪に包まれた胸をはる。


「ふふん、そうか。俺の見事すぎる幻覚魔法を見抜けないか」


 幻覚魔法として出来がいい事は事実。クーシンには本当の姿が見えているが、それを伝えるより先に聞くべきことがある。


「その魔法を他人にかけた後で殺してるのはあんた?」

「クソ不味い血の男どもが美しきライザの姿になって、このマリーノ様の食事になれるんだぞ。しかも、運が良ければ下僕にまでなれる。光栄に思うべきだ」

「なんか話が通じてない感じですけど、自白したってことでいいっすよね」


 スイの言う通り。このマリーノが吸血鬼であり、夜道で若い男を襲っていた主犯だということでいいのだろう。

 それさえ分かれば十分、とスイはナイフを構える。

 マリーノがボサボサの眉を吊り上げてどなる。


「可憐なライザに刃を向けるとは、何たる無礼なメイドだ!」

「魔法で見た目変えただけで、中身はいい年した男でしょ。お嬢、例のやつお願いします」


 クーシンは即座に光の魔法を放つ。

 マリーノはそれを避けようともせず、クーシンを睨んで呪文を唱えはじめる」


「ホレノルの土よ、シャロテの赤目よ……」


 長い。

 スイが普通に近づき、ナイフを何度も振るえるほどに。

 流石に顔は腕で庇っているが、防ぐことはできていない。上着の袖がズタボロになり、ボタンが床に落ちる。

 だが、それだけだ。


 これが普通の人間なら、血がしぶき、痛みのあまり詠唱が止まる。

 だが、太った吸血鬼は血を流さず、痛みを感じず、詠唱は止まらない。


「血塗られた大地よ、刃となってクソノワーズ女を切り刻め!」


 マリーノが使ったのは、『大地の刃』。名前の通り地面を変形させ、ターゲットの足元から刃を出して切り裂く魔法だ。初級の魔法だが威力は高く、屋外戦ではよく使われる。屋外戦では。


「アホなの、あんた?」


 つい、鼻で笑ってしまう。

 地面を変形させて攻撃する魔法なので、相手が地面の上にいる時にしか使えない。家の中で床の上に立っているクーシンに使っても、効果は望めない。


「俺を誹謗中傷するのか!」

「妙に時間かけて詠唱するなと思ったら初級魔法だし、使い所も間違えてるし」

「うるさいうるさい! 根拠のない悪口をいうなんて最低な奴だな!」


 クーシンのコメントに言い返すマリーノ。よほど頭にきているのか、まるで意味がない反論だが。


(根拠も何も、大地の刃が出てきていない時点で……、ん⁉︎)


 そのとき、クーシンの足元が震えた。ガツンと硬いものがぶつかり合う音。


「な、なんだ?」


 マリーノにも聞こえたらしく、辺りをキョロキョロ見回す。

 異常に気づいたのは、スイが1番早かった。


「お嬢、離れて!」

「えっ?」


 何から離れるべきなのか、とっさに判断がつかない。クーシンの当惑に気づいたか、スイはマリーノに背を向けてクーシンに駆け寄り、突きとばす。

 次の瞬間、クーシンの立っていた床が盛り上がり、変形に耐え切れず砕けちる。

 床に空いた穴から大きな岩の刃が伸び、スイのスカートを切り裂いた。

 そこで魔法の効果が終わったか、刃はボロボロと崩れていく。床の穴からは地下室が見えている。


「ふ、ふははは。やっぱりすごいじゃないか、俺の魔法は!」


 気を取り直して勝ち誇るマリーノ。最初はポカンと口を開けていたので、本人ですらこうなると思っていなかったらしい。

 だが、確かに恐ろしい威力だ。吸血鬼としての膨大な魔力が、初級の魔法を必殺の大技に変えている。


「吸血鬼の真祖であるこのマリーノ様の力を思い知ったか、魔女め! 俺はもう、"神に愛されしもの"を超え、ゲボッ」


 うれしそうにはしゃぎ続けるマリーノの口に、スイの投げたナイフが突き刺さる。


「退却です、お嬢。まだ昼ですし」


 日が沈んでいない今なら、まだ家の外に出るだけで逃げることができる。問題は、扉の方にマリーノが陣取っている事だ。


「窓の方、頼みます。時間は稼ぐんで」


 もう一本のナイフを取り出してマリーノに向かうスイ。

 マリーノはメイドを睨みつけながら、自分の喉に刺さったナイフを抜く。


「メイドごときが伯爵の俺を邪魔するな!」

「伯爵? 勘当された庶民が伯爵位を詐称ですか?」

「きさまぁ!」


 スイの挑発がよほど頭にきたらしい。マリーノはポケットから手帳を取り出して読み上げはじめる。


「なっちゃ、まざをえれ、とらすふぉ、すてぃる」


 何かの呪文であろうことはわかる。しかし、大地の刃の時とはずいぶん傾向が違う。クーシンがこれまでまるで聞いたことがないタイプだ。

 呪文に応えて鉄の塊がマリーノの前に現れ、スイのナイフをはじく。


(誰かに教わった呪文をそのまま使ってる?)


 そんな分析をしながら、クーシンは窓のカーテンを引きちぎるように開ける。

 西陽がさしこみ、部屋が明るくなるが、マリーノの方には届かない。


(光をあいつに浴びせるには……)

「ふぁぶれ、きゃぷち、ふぁきめ!」


 呪文の完成は思ったよりもはやく、蜘蛛の巣のように変形した鋼がスイを包み込む。

 ちょうど切りかかろうとしていたスイの手が鮮血に染まる。

 手だけではない。腕も足も、動いていたところ全て。

 スイもこれにはたまらず動きを止め、痛みのあまり床にころがる。その動きがさらにスイの肌を切り裂く。


「どうだ! 貴族をバカにするとこうなるんだ、下賎なメイドめ!」


 マリーノはゲラゲラ笑いながらスイをけり飛ばす。

 スイの体が祭壇に当たり、鋼の網が新たな傷をつくる。

 祭壇から落ちた壺が割れて、中から赤黒い肉の塊がこぼれた。


「さて、次はお前だぞ。クーシン・マー! このマリーノ様が、女神に代わって邪悪な魔女に正義の裁きを下してやろう!」


 至聖教から目の敵にされる吸血鬼が、何をバカな事を言っているのか。

 そうツッコむ代わりに、クーシンはマリーノに向かって魔力を飛ばす。


「はっ! その程度の魔法で真祖を倒せるつもりか!」


 勝ち誇るマリーノは避けようともしない。実際、クーシンが放った魔力はマリーノに傷一つ付けずに消える。

 クーシンからは何も変わったようには見えない。

 だが、マリーノは悲鳴をあげた。


「きさま、よくも! 麗しきライザの姿を!」

「ちゃんと、本来の男の姿に戻れたみたいね」

「うわ、こんなデブだったんすね」


クーシンが使ったのは攻撃魔法ではなく魔法解除。マリーノがまとっていた少女の姿の幻覚魔法を解除したのだ。


「ええい、ちぇまぼと、美しきライザ、はいて、わんぽす……」


 マリーノは盛大に舌打ちしてから長々しい呪文を唱え始める。ライザと言っていたから、幻覚魔法をかけなおすつもりだろう。

 少女の姿にかなりこだわりを見せていたから、そうするだろうと思ったのだ。


 クーシンは一歩下がって壁に触り、呪文をとなえる。


「砕けろ!」


 クーシンの触れているところから壁にヒビが入り、瞬く間に広がっていく。

 窓がゴトンと落ちるのを皮切りに、壁がボロボロと崩れだす。その向かうには、まださんさんと輝く太陽。


「ぎゃああぁぁ!」


 太陽光をまともに浴びてしまったマリーノが絶叫する。

 体の各所から煙をあげたマリーノは転がるように部屋から飛び出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る