第22話 魔女は死と向き合う

 職人街に入ったところで、屋台を見つけたので一旦停止。

 半端な時間に出てきたので、お昼ご飯を食べていないのだ。

 スイが買ったパンをクーシンに渡しているのを見て、売り子が目を丸くしていた。まあ、ソーセージをはさんだパンは貴族の令嬢が頬張るものではないので仕方がない。

 東方領でなら気にされないなぁと思いながら、クーシンは馬車の中でパンをかじる。

 特に最近は、昼ご飯は作業の合間に職人たちと一緒に食べることが多いので、こういう食事は嫌いではない。向こうだと、汁なし麺や包子のことが多いけれど。

 ソーセージはちょっと塩気がきついが、悪くはない味だった。


 ちょうど食べ終わったあたりで、スイが馬車を止める。


「職人街だと中の上ってとこですね。普通なら家族連れで住むサイズです」


 クーシンとしては小さいイメージだが、そういうものらしい。それをマリーノはメイド含めて2人で使っているのだから贅沢と言っていいのだろう。

 しかし、窓は鎧戸まで閉められているし、庭の草はずいぶん伸びている。


「いなさそうな雰囲気がプンプンしますよ。一か月ぐらいですかね」


 そんなことを言いつつもノックするスイ。

 しばらく待っても、反応はない。


 もう一度ノックしようとして、スイが眉をしかめた。


「ヤバいですね」

「何が」

「臭いです。死体の」


 クーシンも思いっきり顔をしかめた。


「中で、誰かが死んでるってこと?」

「誰か、とは限らないですけどね。人間と動物じゃ臭いはそんなに違いませんし。でも、そこそこ大きいと思います。ネズミ程度ではないですね」


 ネズミの死体だって見たくはないが、それより大きいものとなればなおさらだ。マリーノか、メイドか。その両方なのか……。


「どうします?」

「放置するわけにもいかないけど……」


 クーシンとスイが無理やりこの家に入るのは、さすがに犯罪になる。


「衛兵を呼ぶのはありですよ」


 確かに衛兵なら捜査のために民間人の家に強制的に入ることができる。しかし、それなりの理由が必要だ。


「その臭いって誰でもわかるぐらい?」


 少なくともクーシンにはわからないが、一応聞いてみる。


「いや、慣れてないとちょっと」


 スイは軽く肩をすくめた。スイだからわかる、という程度ではちょっと厳しい。

 死臭がするので強制捜査しますとは言えるだろうが、ノックして反応がないので強制捜査しますというのは無理だろう。単に出かけているだけかもしれないのだし。


「じゃあ、期待できないわね。早く入っちゃいましょ」


 すでに太陽は傾き始めている。昨夜のことを考えると、日が暮れる前には帰っておきたい。二日続けて襲われるのはまっぴらだ。


 クーシンの意を受け、スイは髪につけていたピン2本を外してカギ穴に差し込む。

 ほどなくカチャリと音がして、スイはドアノブをひねった。


「おおっと、なぜか扉があいてますね。これは住んでいる方にご忠告申し上げなければ」

「茶番劇はいらないわよ」


 入ってすぐは広めの居室。食堂も兼ねているのだろう。テーブルとイスが2脚、少し離れてソファ。少し埃っぽいにおいがする。


「こっちはキッチンですね。あまり使ってないみたいですが」


 スイの言う方に行くと、かまどなどがあるが、確かにしばらく火を入れた様子はなさそうだ。皿はあるが、調理器具なども見当たらない。まあ、このあたりなら屋台もレストランも多いから、家で食事を作ること自体していなかった可能性もある。

 スイがワザとらしく鼻を鳴らして臭いをかぐ。


「うーん、血の匂いはちょっと? でも死臭はあまり」

「スイの鼻は犬並みね」

「鍛えてますから」


 何のために鍛えたのやら。

 スイに扉を開けさせ、廊下に出る。一番手近な扉を開けると、かなり小さな部屋だった。ベッドとチェスト、小さな机だけでほとんどいっぱいだ。


「メイドの部屋ですかね。貴族様だと文句言いそうな狭さですし」


 スイは机の上の羊皮紙を取り上げて読み上げる。


「夜長月7日、マリーノ様は相変わらず魔法の実験に没頭。追加の防臭対策が必要……お嬢と一緒ですね」


 クーシンも魔法の実験で異臭騒ぎを起こして叱られたことがある。今は別の建屋を実験室として与えられているので問題ないが。


「うるさい。でも、夜長月7日ってことは一月ほど前ね」


 報告の頻度はわからないが、その前後でメイドは手紙の続きを書けない状況になったと思われる。

 そういえば、通り魔が最初に出たのもひと月ぐらい前という話ではなかったか。


 他にはメイドの着替えぐらいしか置いていなかったため、手紙だけ回収して次の扉に手をかける。が、スイが開く前に一言。


「あ、ここです」


 クーシンはつばを飲み込む。何がとは聞かない。

 わかりきっているし、聞きたくもない。臭いはもうクーシンにもわかるほどに強いし。

 だが、今更引くわけにもいかない。


「開けなさい」


 扉の中は書斎であり、魔法の実験室であった。

 床には魔法陣が大きく描かれ、なにか儀式が必要な大掛かりな魔法を使った痕跡が残っている。

 だが、それより目立つのは壁際のメイドであった。いや、メイドであったもの、か。

 もはや生きていないのは明らかだ。

 壁に大きな釘で打ち付けられ、胸を切り開かれ、内臓が取り除かれ、がらんどうの肉がさらされている。

 

 クーシンは、喉奥から出てきたがるお昼のソーセージを何とか飲み下した。


「ひどい……」


 メイドの目は大きく見開かれ、唇はゆがんだ形のまま固まっている。恐ろしいものを見たのか、ひどい苦痛を与えられたのか。


 彼女の死の直前を想像してしまい、再度えずきそうになったところで、スイがひょいとメガネを取り上げた。

 その瞬間、視界が一変する。


「え、あれ?」

「あー、やっぱりメガネ外した方がマシな感じですか?」

「そう、ね」


 メガネ無しでみるメイドは、普通に侍女服をまとって穏やかに目を閉じている。まるで、主人の命令を待つうちに、立ったままうたたねしてしまったかのように。


「見た目そんなに悪くないのに臭いは結構するし、お嬢の反応がちょっと重めだったんで、幻覚かなーと思ったんですよね」


 スイの勘に感謝。真実が見えるメガネも、よい事ばかりとは限らない。


「幻覚魔法を使ってるってことは、べネスを襲った魔法使いがここでメイドを殺したってことよね」

「そういうことでしょうね。後は、マリーノってのが吸血鬼なのか、あるいは犠牲者なのか……」


 軽く『観た』だけだが、幻覚魔法はべネスにかけられていたのと同じタイプだった。話がだんだん繋がってきている。


 クーシンはメガネを外したまま魔法陣の方に視線を移す。最終的には魔法を解除して調べる必要も出てくるだろうが、心の準備ができてからでもいいだろう。


 魔法陣の真ん中には祭壇があり、頭蓋骨と壺が並べて置かれている。


「『聖女の頭蓋骨』ってこれかしら」


 頭蓋骨と壺の間には銀の粉で書かれた線が何本もあり、魔法的には『つながっている』のだろうと思われる。クーシンでも一目では理解できない、複雑な魔法だ。もともと、こういうタイプの魔法には慣れていないという面もあるけれど。


「違うと思いますけど。それ、男性のです」

「骨だけでわかるの?」

「わかりますよ。眉のところがふくらんでるし、額が後ろに下がっているから、男なのは間違いないです。ちっさめで頭が大きいから子どもかな?」


 また、スイが妙な知識を披露する。

 いずれにせよ、少年の頭蓋骨を使ってする魔法儀式はろくなものではないだろう。


「回収したほうがいいのかしらね」


 これを持っていけば、神殿が強権をふるう言い訳になるかな、と考えてクーシンは祭壇に近づく。


 そこで、扉の方から少女の声がした。


「何をしているのかしら、泥棒さん」

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