第21話 魔女は貴族に使われる
「当家からお伝えすることは何一つございません」
「はあ?」
クーシンは思わず淑女らしいとは到底言えない反応をしてしまった。
ひと眠りして昼頃にヴァントーズ伯爵の王都屋敷を訪れたクーシン。
取次に出てきた執事に老神官から預かったボタンを見せ、心当たりがないか話を聞きたいとお願いした。
ホールで待たされたクーシンが結構イライラするぐらい経った後での返答がこうだったのだ。
「当家からお伝えすることは何一つございません」
クーシンのあまり礼儀の良くない返答は聞かなかったことにしたのか、執事はもう一度同じ言葉を繰り返す。
「さすがにそれでは納得しかねるのですけれど」
なんとか淑女らしさを取り繕って食い下がる。
忙しいから会えない、と事実上の門前払いを食らうぐらいは覚悟していた。
なにせ、この屋敷は貴族街でもかなり中心近く。馬車を使わなくても王城に通えそうなあたりである。まあ、体面上使わないことはまずないだろうけど。
要は伯爵家の中でも格が上の方の家であり、男爵家の、しかも当主ですらない一令嬢にいちいち会っていられないと判断されてもそれはそれで仕方がない。
しかし、それならそれですぐに判断がつくはずなのだ。長時間待たせたうえで、『話すことはない』というのはいささかおかしい。
「当家からお伝えすることは何一つございません」
執事が三度繰り返したところで、別の声が割り込んできた。
「もう少し融通をきかせたらどうだ、クリッド」
奥から出てきたのは、二十歳ぐらいと思われる若い貴族。
執事を名前で呼び捨てているところから、ヴァントーズ伯爵家の一員に違いない。
「ノワーズ男爵家のご令嬢にその態度というのは」
「しかし、旦那様が」
若貴族は大きく息をついて、クーシンの方に向き直る。
「失礼をいたしました。ノワーズ男爵令嬢クーシン・マー様。わたくしはヴァントーズ伯爵の次男、ラウディ・フェブラと申します。わたくしの客として少しお話していかれませんか」
「願ってもないことですわ」
ありがたくラウディの招待を受けるクーシン。伯爵本人からでなくてもボタンの話ぐらいは聞けるだろうし、なにより横柄な執事が心底不服そうな顔をしながらも応接室に案内するのが面白い。
ラウディはクーシンとスイを応接室に通し、執事を追い出すと深々と頭を下げた。
「改めまして、ラウディ・フェブラです。クーシン・マー様、この度は本当に申し訳ありませんでした」
「いえ。伯爵様はお忙しいのでしょうから仕方がありませんわ」
非礼は非礼だが、向こうの方が立場は上。あまり非難しすぎるのもよろしくない。そう判断したクーシンを、ラウディは少しの間注視し、椅子に座りなおした。
「そう、そうですね。それで、どのようなご用件でおいでになられたのでしょう?」
「こちらのボタンのことについてお聞きしたくて」
クーシンが出したボタンを、スイがラウディに中継する。
ラウディは2,3度ひっくり返してそれを確認する。
「ふむ……当家の紋章ですね。どちらでこれを?」
「昨夜、お嬢様を襲った暴漢が残したものです」
「なるほど。昨夜ですと、わたくしも父もフェブラ公爵のパーティーに出ておりました。必要であれば、その時話し込んでいた……」
どうも、自分が疑われていると勘違いさせてしまったらしい。
暴漢、というかクーシンを襲った吸血鬼は既に灰になっているのだから、そんなわけはないのだが。
しかし、吸血鬼が王都で事件を起こしていると吹聴して回るのもよろしくないので、そこは濁しておく。
「お二人のどちらかがその暴漢ではないかと疑っているわけではありません。それであれば、ボタン一つだけが残るということは無いでしょうから。ボタンが盗まれる、奪われるというようなことに心当たりはございませんか」
「いえ、そもそもこのボタンの色は……兄のものかと」
そういえば、ラウディは先ほど次男と言っていた。ということは長男もいるわけだ。
「お兄様にお話を伺うことはできますでしょうか」
クーシンの申し出に、ラウディはかなり長めに考え込んだ。考えすぎて人を待たせるのはこの一家の癖なのかもしれない。おまけにやっと出た答えも
「……その、少し問題がありまして」
と中々あいまいなものだった。
とはいえ、連続ではぐらかされ続けるわけにもいかない。
メガネを掛け直して気合いを入れ、踏み込む。
「問題、とは?」
「兄のマリーノは数か月前に恥ずべき事件を起こし、勘当されています。もう当家には関係のない人間です。お会いになるのも話をするのも、当家が口を出すものではありません」
「恥ずべき事件?」
クーシンの質問には答えず、ラウディは言葉を続ける。
「兄の現在の住居はお教えます。それと、兄のところに行くのであれば、一つだけ伝言を頼まれていただけないでしょうか」
こちらの質問をスルーする割には中々勝手なことを言ってくれる。だが、クーシンは視線で先を促した。
「兄の友人だという人物が、勘当後に当家に宛てて手紙を送ってきまして。なんでも貸したものを早く返却してほしいとのことで。探させてみたのですが、それらしいものは見つからず。兄が家を出されるときにもっていったのだろうと思います」
そんなの、そっちで勝手にしなさいと言いたくはなった。がここでラウディの機嫌を損ねても時間を無駄にするだけだ。
「なるほど。お兄様が借りたものとはどんなものですか」
「それがその……」
またちょっと言いよどみ、ラウディはすっかり冷めた紅茶を含んでから答えた。
「『聖女の頭蓋骨』だそうです」
「『聖女の頭蓋骨』?」
思わず、大きな声が出る。ラウディは指を一本立てて静かにするよう伝えたうえで、早口で言い訳する。
「そのものではないと思うんですけどね。魔法関連の事物は大げさな名前が付けられていることがよくあるそうじゃないですか」
まあ、それは事実ではある。硫黄のことを『変容する魂の炎』と呼んでみたりとか、そういうことを魔法使いはよくやりたがるのだ。
スイが返されたボタンを受け取りながら口をはさむ。
「マリーノ様は魔法への造詣が深いのでしょうか」
「ええ、学院の魔法科を優秀な成績で卒業していますし、魔法協会にも所属しておりました」
そう言いながら、ラウディは探るような眼をクーシンに向ける。
魔法協会でマリーノの名を聞いた覚えがあったかと考えていたクーシンだが、思い出すのは後回しにして承諾する。
「わかりました。マリーノ様にお伝えいたします」
「ありがとうございます。このところ、連絡がつかずに心配していたもので」
〇〇〇
ヴァントーズ伯爵の王都屋敷を後にしたクーシンは、馬車に乗り込むなりスイに話しかける。
「恥ずべき事件って何かしら? あと、マリーノって名前覚えてる?」
一応、クーシンも魔法協会には所属しているし、そのパーティーにも出席したことがある。名前を憶えていないだけで、会ったことはあるかもしれない。
「さあ? ちょっとわからないですね」
馬車を走らせ始めながら、両方の質問に一言で答えるスイ。
「事件の方は噂になってるでしょうから、若旦那付きのメイドに聞いてみますか」
「勘当されるレベルだから、結構大事よね」
伯爵家の長男となれば次期伯爵。弟のラウディの年齢より数歳上だとするとそろそろ王宮内でも何かしらの役割が与えられていたはずだ。それが突然勘当されて庶民に落とされたというのは間違いなくゴシップの種になる。
「そうですね。まあでも完全に切られてはいない感じでしたけど」
「そう、なの?」
質問が途切れたのは、ちょっと揺れが来たから。
昨日壊された車輪は応急修理しか出来ていない。早めにちゃんとメンテナンスしないと。
「最近連絡がつかないって言ってたでしょう? 勘当して本気で他人になったつもりなら連絡なんて取りませんよ。そもそも、貴族の子供がいきなり庶民落ちしたら、大抵まともに暮らしていけませんし」
若干耳が痛い。クーシン自身、単独での生活力なんてない。いきなり家を追い出されたらそれこそ数日後に野垂れ死にだろう。
「世話役兼監視のメイドをつけておいて、定期的に状況を確認させるってのがよくある手です。でも、そのメイドから連絡がないと。サボってるだけならいいんですけどねー」
スイの口ぶりからすると、それほど珍しいことでもないようだ。そして、にやにや笑いを含んだからかいが続く。
「で、様子を見てくる役目を押し付けられちゃったわけです。いいように使われましたね、お嬢」
「伝言ぐらい大した手間じゃないから構わないわ。もっとも、伝言できるかどうかも怪しい気がするけど」
ボタンがマリーノとやらのだとすると、真っ先に思いつくのはクーシンより前にあの吸血鬼に襲われている流れだ。マリーノはおそらくノワーズ系ではないし若い男だから、女の子にされている可能性もあるか。メイドから連絡がないのも、一緒に吸血鬼に襲われたと考えれば納得がいく。
「いずれにせよ、行ってみるしかないわね」
馬車は貴族街を出て、職人街へと向かう。
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