第42話 魔女は罪を数える
クーシンは、キミリアを見てまずはひとつ息をついた。
元々白を着ることが多い聖女のこと、白いウエディングドレスが良く似合っている。
(あたしのために着ているんじゃないのが、ちょっと残念だけどね)
それでも、今のキミリアは美しい。引き締めていた顔が喜びに崩れ、タレ目の目尻に涙の粒が浮かぶ。
クーシンに駆け寄りそうになったキミリアを止めたのは王太子だった。
「何のつもりだ、クーシン・マー!」
「マー家とは、もう関係無いわ。勘当の知らせは回ってるでしょう?」
鼻を鳴らし、小馬鹿にした口調で言ってやる。王太子が我を忘れてしまうぐらい怒らせたいのだ。
だが、冷静な声が割り込んでくる。
「クーシンさん。王太子の罪、とは?」
儀礼用の豪奢な僧衣をまとう老女。初対面だが、最高司祭だろう。いく筋か軽い切り傷があるのは、ステンドグラスの破片をもろに浴びる位置にいたせいか。
すこし罪悪感を覚えつつ、クーシンは、フオンの頭蓋骨を取り出した。既にクーシン自身の内臓と繋いで骸骨語りの魔法を使っている。
「こんにちは、貴女が今の最高司祭かな? ボクの名はフオン。王国歴221年から224年まで、フォエミナと名乗って至聖教で聖女をしていた……男だけどね」
フオンの言葉に、参列者たちがざわつく。美しい顔の生首が、至聖教の隠していたであろう過去を暴露しているのだから無理もない。最高司祭も目を丸くしている。
聴衆の反応に満足したのか、フオンは楽しげな顔で暴露を続ける。
「そこの現役聖女と同じように、当時の王子、ジェムログと結婚させられることになってね。流石に男同士で結婚はマズいよねと正体を明かしたら、逆上して犯された上に殺されたってわけ」
皆の視線が今の王、ジェムログ2世に集まる。時代が違うので当人では無いのだが、同じ名前なので仕方がない。壮年の王は疑いの視線程度では動じず、クーシンが何をするのか見定めようとしている。
反論に出たのは、王太子だった。
「仮に、仮にその首の言うことが真実だとして、それのどこが私の罪だというんだ?」
何代も前、直に顔を合わせたこともない先祖の罪で、今を生きる王太子を断罪するのは理屈に合わない。王家の罪だと言い張っても、責を負うのは当主である王。
そんなことは分かっている。
「それはね……」
そう言いながら、クーシンは王太子の背後まで回り込む。王太子の肩に手をかけ、その首目掛けて大口を開ける。
「やめろ、吸血鬼!」
慌てて身を離す王太子。クーシンはあえて対抗せず、素直に振り払われる。
「吸血鬼?」
キミリアの疑問の声。
他の参列者たちも同じように思ったに違いない。その疑問に気づかせる暇を与えず、王太子に答えやすい問いを投げる。
「どうしてあたしが吸血鬼だと?」
「吸血鬼でなければ、今朝殺したお前が動いているわけがないだろう!」
正解。そして大失敗。
殺した、という単語に反応して、聴衆から悲鳴や驚きの声が上がる。
王太子も失言したと気づいたらしい。まだ言い訳を思いつかないうちに畳みかける。
「確かに、今のあたしは吸血鬼。王太子さまから与えられた、フォエミナの頭蓋骨から吸血鬼化の魔法を聞き出したの。王太子さまのご命令でね」
「なんと!」
最高司祭が厳しい目を王太子に向ける。至聖教からすれば、完全に裏切り行為だから当然のこと。
「ついでに言っておくと、この間大神殿を襲撃した吸血鬼も流れは同じよ。吸血鬼となって、永遠の支配を目論む王家の陰謀が原因ってこと」
「なんの証拠もない戯言だ!」
ようやく、言うべきことを見つけたらしい王太子。
その通り。証拠はない。王家は、確たる証拠を残すような間抜けな交渉相手ではない。
「あのね、証拠なんていらないの。ここは法廷じゃないし、どうするかを決めるのはあたしだから」
そもそも法廷に訴えたところで、王家に選ばれる判事が王家に有罪だと言えるわけが無いのだ。だから、クーシンはとにかく参列者である貴族たちに対して、王家に大義が無いという印象を与えたかっただけ。そして、それはもう十分に果たされた。
「ご命令通り、吸血鬼にはしてあげますよ、王太子様。アタシに血を吸われるだけ、簡単ですね」
「俺を永遠に隷属させようというのか!」
吸血鬼に血を吸われて吸血鬼になった場合、吸われた方は吸った方に逆らえなくなる。それは、永遠の支配を目指す王太子にとって最悪の事態だろう。
でも、クーシンだってずっと王太子なんかと顔を合わせていたいわけじゃない。永遠になるのは、自分とキミリアだけでいい。
「いいえ、一回吸って吸血鬼にした後は、日光浴で灰になってもらいますよ」
「あなたは現世の不死を望んではならない。裁きの日に、全ての不死なる者は女神の身許に迎え入れられることはない。悪魔ですら、あなたを迎え入れないだろう。その魂に価値はないのだから」
フオンの生首が楽しげに聖典をそらんじる。
クーシンとしては、女神が本当にいるのかどうかは疑っている。それでも王太子がそれを信じているなら、より強く絶望を感じさせられるなら、やってみるのも悪くない。
クーシンは改めて王太子に走り寄り、首筋を狙う。吸血鬼となった今、本気で動けば近衛が駆けつけるのも間に合わないし、王太子が暴れても振り解かれない。
首に牙を埋め込み、ちょっと血をすする。実に簡単なこと、のはずだった。
しかし、クーシンの牙は空を噛む。
ギリギリ間に合った盾の魔法が、クーシンの顔を王太子の首から遠ざけたのだ。そんなタイミングで魔法を間に合わせられる人間は、1人しかいない。
「どうして止めるの?」
クーシンは見た。丸い瞳を涙で揺らしながら、それでも決然と首を振るキミリアを。
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