第28話 聖女は人界の星を見る
夜が明けるより少し前、キミリアは自室に居なかった。至聖教は早起き推奨。夜が開けるまで語り尽くすなんてのは、聖女としてよろしくない、と普段ならウルスラに叱られるところだ。
でも、今夜はそうしなければならない。
「マリーノは霧になって逃げちゃったけど、クーシンさんが位置が分かる魔法をかけてたんですね。だから、やっぱり屋敷に棺桶があるぞってすぐ分かったんです」
キミリアの話をうなずきながら聞いているのは、白いワンピースと長い黒髪が目立つ少女。
「私もクーシンさんもヘトヘトだったんで、棺桶の片付けは他のみんなに任せちゃいましたけど」
「じゃあ、もうあの男は、マリーノは完全に滅んだんですね」
そのマリーノと同じ姿の少女はにっこりと笑う。キミリアは力強くうなずいた。
「もう、イザベルさんと同じ姿の犠牲者が出ることは、無いです」
イザベルと呼ばれた少女こそが、この姿のオリジナルだ。彼女に一目惚れしたマリーノが、幻覚魔法でイザベルの姿を写しとっていたのだ。
イザベルに非は無いのだが、自分の姿をした犠牲者が何人も出ていることに、彼女は心を痛めていた。
「それなら、私も心置きなく女神様の御許へいけます」
「イザベルさん……」
イザベルも吸血鬼だ。
マリーノの最初の犠牲者であり、吸血鬼にされた。
本来なら、キミリアは至聖教の聖女としてイザベルを退治しなければならない。
「神は、私をお許しくださるでしょうか」
イザベルの肌は、マリーノと比べてもなお白い。吸血鬼とされた後も、親吸血鬼のマリーノの命令に抗い、一滴の血も吸っていないからだ。
吸血鬼となることは許されない罪だと聖典には書かれている。不死を望むことは女神に与えられた己の命を軽んじる事であり、他人を害して生きる事は他者の命を軽んじる事であるから。
ならば、望んで吸血鬼になったわけでもなく、血を吸ってもいないイザベルはどうなのか。神官たちの間でも、意見は割れるだろう。
「大丈夫ですよ。もしうっかり罰を与えられそうになってたら、私が女神様にちゃんと言いますから」
キミリアはイザベルに罪は無いと思う。女神様がどう判断するかは分からないけれど、御許に行った時には可能な限り彼女を弁護しよう。
「ありがとうございます、聖女様。……魔女様にお礼を言えないのは、ちょっと心残りですね」
クーシンには、イザベルのことは話していない。貴族の娘であるイザベルが吸血鬼にされたというのは家の恥、極秘事項だ。
「大丈夫ですよ。女神の御許でいずれお会いできますから」
「そうですね」
「その時は3人でお茶を飲みながらお話しましょう。クーシンさんのお話はとっても面白いんですよ」
「楽しみですね」
そう言って笑ったイザベルの視線が、東の空に向く。
「ああ、空が白んできた」
朝日が昇りはじめている。その光に晒されれば、吸血鬼となったイザベルは灰になって消滅する。
それが彼女の選択だ。
マリーノが滅ぼされた後、誰の血も吸うことなく、朝日を見て死ぬ。
キミリアは目の周りを拭う。自分には、イザベルを最期まで見守る義務がある。
イザベルは穏やかに微笑んで、東の山際からもれる朝日を浴びた。
「ああ、きれい」
微笑みを崩さぬまま、その言葉だけを残してイザベルは一掴みの灰になった。
その灰を丁寧に壺に納めながら、キミリアは祈る。
どうか私たちも、最期はこのように心穏やかに逝けますように。
そして、女神の御許で永遠に共に有れますように。
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命がけではあったものの、手を取り合って吸血鬼を倒した魔女と聖女。
互いに互いを想いあう心に気づいた二人。
しかし、王国も教会も二人が結ばれることを許しはしない。
着々と進む聖女と王太子の婚姻準備。
そして、魔女には暗い昏い誘惑が。
向かい合っているのに、足元が少しずつずれていく。
『第5章 髑髏は魔女に闇を語る』
11月29日開始予定です!
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