戻ってきた日常

 結局、『謀反者の集い』は残党含め、騎士団が預かることとなった。

 どうやら過去に幾度も手配を受けていた悪党のようで、本格的に捜査してくれるとのこと。

 その理由の一つとして、頭であるヨルが死んだこともあるだろう。

 ヨルの実力は間違いなく、そこら辺の騎士や魔法士を抜いていた。きっと、ヨルという頭のせいで捕まえることが難しかったのだと思われる。

 だからこそ、ヨルを倒したと報告した時は酷く喜ばれ、褒められた。

 無論、目立ちたくない正体バレたくない死んだ者扱いされてるんだものなアルバが倒したなどは言わず、全てユリスの功績となった。

 事情を知っているユリスが苦笑いを浮かべながら褒められている姿が今でも記憶に新しい。


 そんなこんな。事件の渦中にいたアルバ達は学園から二日ほどの療養が与えられ、再び学園へ戻ってきたのであった―――


「アル、あーんです♪」


 授業がいくつか終わり、昼休憩。

 あんなことがあったのにもかかわらず、今日もいつも通り人気のない屋上へと足を運んでいたアルバ。絶賛「あーん」真っ最中である。


「あーん……っていうのはいいけどさ、俺ってば一人になりたかったわけよ」


 自作の弁当を食べさせてもらいながら、アルバは愚痴を始める。


「そうなんですか?」

「そうなのよ、目立ちたくないし目立ちたくないし目立ちたくないし。お兄さんは目指せボッチライフって座右の銘があるわけでして───」

「あーん♪」

「聞けよ」



 あら美味しい。流石は山籠もりで培われた料理スキル。

 口の中に広がる卵焼きの絶妙な甘さがアルバの舌を幸へと運んで……いやいや、そうじゃなくて。


「なんで主人公共おまえらがいるのさ、あんさー?」


 アルバがジト目を向ける先。

 そこには弁当を広げて美味しそうに食べるアリス、その彼女の口元を拭ってあげるユリス、帯刀していた剣を磨くイレイナの姿があった。

 もちろん、シェリアに至ってはアルバの横という定位置を確保して箸を向けていた。


「私はアルとお昼ご飯が食べたかったからですっ!」

「素直で偉いねー、お友達百人はどこ行ったのー?」

「私は暇だったからよ」

「他所で剣を磨け、他所で。ここでやる特別な理由を述べて」

「僕はアルバくんと仲良くなりたくて」

「あらやだ、こっちも素直。友好関係はしっかり見直せ〜? 君が仲良くなろうとしている人物は悪も悪よ」

「私はアルくんのお弁当のおこぼれをもらいに来た!」

「うっせぇ、手元の弁当あるだろそっちを見ろ食いしん坊」


 主人公に攻略対象ヒロインが三人。

 それぞれがやはり作中の看板を背負っていたからか、他の人間に比べて明らかに顔が整っている。

 権力地位立場も豪勢。そんな人間が一同にアルバの元に集まるのだから注目は必須だ。廊下を歩いていただけでどれほど注目を浴びたことか……アルバはひっそりと思い出して涙を流したすぐにシェリアが拭ってくれた。


「いいじゃない、別に。減るもんじゃないし」

「そうだな、気苦労メーターは減るどころか増えてるしな。凄いねありがとう」


 自分は攻略対象ヒロイン達と主人公に関わらないようにしていたのでは? なのに半分以上も揃っている現状は涙ものだ。

 一体どこで選択を間違えたのだろう? アルバは遠い目を浮かべながら過去の出来事を振り返り始めた。

 その時———


「あ、あの……」


 ゆっくりと、屋上の扉が開かれた。

 そこから姿を現したのは、恐る恐るとした様子でこちらを覗くミナの姿であった。


「どったの、そんなコソコソで現れちゃって? もしかして、愉快な仲間達とかくれんぼの真っ最中?」

「あ、いや……そのっ」

「はいっ! 私、かくれんぼしたいです!」

「よし、なら鬼はユリスだな。五万秒数えたら捜しに来るんだぞ、いいな?」

「え、日が暮れちゃうんだけど!?」


 おずおずとしたミナに対して、アルバ達は楽しそうに軽口を交わす。

 あまりの温度差に、ミナは扉から中々出てこられなかった。

 そんな時、シェリアが立ち上がってトテトテとミナの下へ向かい、徐に手を取った。


「ミナさんも、一緒にご飯を食べましょうっ!」

「あっ」


 心の準備ができていなかったのか、ミナは驚いたまま皆の前へと顔を出す。

 そして、アルバ達の下へ辿り着いた瞬間シェリアは定位置へと戻り、ミナはポツンと取り残された結果となった。

 言わなきゃ、ちゃんと。そんな様子が伝わるような、おずおずとした様子。

 ミナはアルバ達の視線が集まる中、意を決して頭を下げた。


「ほ、本当にごめんなさいっ!」


 なんのことか。それは、この場にいる誰もが理解していた。

 先の一件、ミナは無事に妹を取り戻すことができた。王都の騎士にも被害者だと思われ、今はなんのお咎めもなしに唯一の家族である妹と再び日常に戻っている。

 全てが解決———したと思ったのだが、ミナの中ではそうでもないらしい。


「私、皆に酷いことを……な、なんでも罰は受けるから! 謝って許してもらえるとは思っていないけど、気が済むまで好きにしていいから……」


 全て解決はした。それでも、ミナがしてきたことは何一つとして変わらない。

 校外学習では指示通りに魔獣を放ち、イレイナを傷つけ、シェリアを殺すために拉致し、手を差し伸べてくれたアルバに拳を向けた。

 今でこそ万事いい結末へとなったが、少しでも過程が変われば間違いなく取り返しのつかないことになっていただろう。

 だからミナは罰を望む。頭を下げた時のミナは唇を噛み締め、堪えるように目を瞑っていた。

 しかし―――


「いいじゃねぇか」

「えっ」

「全部綺麗に終わったんだから。ここにミナのしたことに対して恨み辛みがある人間なんていねぇよ」


 アルバは気にした様子もなく、シェリアの差し出してきたご飯を頬張る。

 ミナが顔を上げると、他の面々も気にした様子もなく昼食を進めていた。


「ミナさん」

「な、なに……?」

「妹さんはお元気ですか?」


 一番の被害者であり、恨みを持っていてもおかしくはないシェリアが唐突にそんなことを尋ねる。


「うん……今は体調もよくなって、元気にしてる、よ」

「でしたら、私から言うことは何もありません」


 拍子抜け、とでも言うのだろうか? ミナは屋上に来るまで、色々な想定をしていた。

 恨み辛みを吐かれ、殴られ、怒られ……最悪、恨みのまま殺されるとも思っていたし、それを覚悟していた。

 だが、向けられる瞳には「よかった」と、温かい色が浮かんでいる。


「なら、私からも言うことはないわね」

「僕も同じく、かな」

「私はほぼ何もしてないから気にしなくていいよー!」


 なんで、と。ミナの瞳に涙が浮かぶ。

 あまりの眩しすぎる温かさのせいで、思わず蹲って嗚咽が漏れ始めた。


(おかしい、おかしいよ……!)


 その時、ふと頭に優しい感触が乗せられた。


「いいじゃねぇか、皆気にしてねぇんだから」

「でも、私……ッ!」

「俺達に罵詈雑言を浴びせる趣味はねぇよ。結果オーライって素敵な言葉があるんだ、それに甘えようぜ」


 泣くな、と。アルバはミナの顔を無理矢理上げさせる。

 そして、目元の涙を指で拭いながら安心させるようににっこりと笑ってみせた。


「助けたいから助けた。だから、お前は男が喜ぶような笑顔でも浮かべてお礼を言ってくれればいいんだよ。ミナは笑ってる方が可愛いんだからさ」


 ドクン、と。ミナの心臓が激しく跳ね上がる。

 鼓動は徐々に速くなり、顔に熱が篭る。心なしか息も荒くなったような気がしたし、アルバから目が離せない。

 どうして? そんなの、己に問わなくても分かる。


(あぁ……やっぱり、アルくんは)


 私の英雄ヒーローだ、と。

 ミナは更に瞳から涙を流した。


「(……アルはまた女の子を誑かしてます。これはあとでお仕置き案件です)」

「(なるほどねぇ、これでシェリアも堕とされたわけ、と。どこで磨いたのかしら、あんなスキル)」

「(ねぇ、なんかアルくんからユリスくんと同じ気配がする)」

「(え、僕あんな感じなの!?)」


 なんか外野がうるせぇ。アルバは上手く聞き取れないシェリア達の言葉に、頬を引き攣らせた。

 その時、徐に今度はミナの方から顔に触れられた。

 触れられた、というよりかは頬に手を添えられたと言うべきだろうか? どうしたんだと、アルバはミナに視線を向ける。

 そして―――


「ありがと、アルくん……」


 見惚れるような、綺麗な笑顔を浮かべたのであった。



「私のことも、助けてくれて」



 少し前に見た彼女の表情は、今すぐにでも折れそうなほど苦しいものであった。

 それなのに、今では目を奪われるほど幸せそうな笑みが浮かんでいる。

 この笑顔を見ただけで、拳を握ったかいが生まれてしまうから不思議だ。


 アルバは釣られるようにして笑みを浮かべながら、不思議な多幸感に襲われるのであった。





「あのね、アルくん……私、お詫びにお弁当作ってきたんだけど」

「ちょうどお腹空いてたんだよありがとう」

「あれ? でも、アル。ご飯食べたばかりで───」

「そーーーーい!!!(※空になったお弁当箱)」

「あっ! お弁当箱を投げちゃダメじゃないですか!」

「あとでちゃんと拾ってきなさいよ」

「あはは、ご飯食べ終わったら一緒に探しに行こうか」

「私もミナちゃんのお弁当食べたいー!」

「ふふっ、いっぱいあるからどうぞ、召し上がれ」

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