決闘

 どうしてこんなことになったのだろう?

 アルバは疑問に思わずにはいられなかった。


「ふっ、ようやくこの時間になったな」


 だだっ広い学園の敷地の中にある訓練場。

 周囲には同じクラスメイトだけでなく違うクラスの生徒の姿も見受けられ、視界がギャラリーで埋め尽くされていた。

 とはいえ、上級者らしき生徒も教師の姿も見受けられない。

 それは、今が入学式が終わってすぐだからだろう。

 アルバ達新入生は入学式が終われば各々解散となるが、上級者や教師は今から始業式なのだ。


 ―――さて、何故アルバが大衆に見守られながら訓練場の中央に立っているのか?


 理由は単純明快。からである。

 貴族のしきたりであり、神聖な行いは白い手袋から始まる。

 申し込みたい相手が白い手袋を投げ、相手が拾えば決闘は成立し、両者の合意が取れて初めて執り行われるのだ。

 決闘の方式は他者ではなく両者間で決めることができるが、一度成立してしまえば取り消すことは不可能。

 そう、アルバは男が投げた手袋を拾ってしまった。

 つまり、今から始まろうとしているこれは両者が同意した上で行われるものなのだ―――まぁ、本人が望んでいたかどうかは別の話だが。


(……そういや、そんなこともチラッてテロップに書かれてあったなぁ)


 アルバは対面の男ではなく、天を仰ぎ見てひっそりと涙を浮かべる。

 つい最近まで日本男児で、貴族色に染まる前に家を飛び出したアルバが決闘の仕組みを知っているわけもなし。

 あとで「よく決闘を受けたわね」、「……Why?」というやり取りからイレイナに教わっていなければ、今頃こんなところにはいなかっただろう。

 本来ならこんなところにいたくないし「決闘なんて知ったことか!」を貫きたかったのだが、決闘は逃げると一生の恥とされてしまうらしい。

 アルバはまだしも、そんな人間と一緒にいるシェリア達は酷い不評を食らうはず。


 不評を、あの溺愛教皇が許すはずもない。

 ここで逃げれば、アルバはどこかのタイミングで教皇からのお仕置が確定となってしまう。


「この時を俺がどれだけ待ち侘びたことか。ついにあのクズ息子に天罰をくだしてやれる! そして、イレイナ様の目を覚まさせるんだ!」


 目の前の男はアルバに対して、どうやら乗り気のようだ。

 周囲の人間も「やっちまえ!」、「もうこいつに怖いもんはねぇ!」といった感じで盛り上がっている。

 もちろん「大丈夫なの?」、「先生呼んだ方がいいんじゃ?」という声もちらほら聞こえてきた。

 そして———


「アルバっ! 分からず屋にはきっちりお仕置きしてやってください!」

「ここで久しぶりにあんたの実力を見るのも悪くないわね。負けたら承知しないわよー」


 などといった乗り気な知り合いの声も聞こえてくるが、アルバの涙が止まることはなかった。


(どうしてこんなことに……目立たないが俺のライフスタイルじゃなかったの?)


 これではひっそりどころかアイドル枠を確保せんばかりの勢いだ。

 望んでいなかった現状には涙が隠し切れない。

 しかし、涙が頬を伝っていると……アルバはあることに気がついた。


(ハッ! そういえば、そもそもこんなイベントはどのルートにもなかったはず!)


 そこまでゲームの内容を覚えているわけではないが、序盤なので忘れるわけもない。

 今の現状は、アルバが死んだという設定になったからこそ生まれたものだ。

 そのため、今始まるイベントはどのルートにも属さないもの。

 つまり―――


(どんな結末になってもヒロインと関わることはないッッッ!!!)


 だったら、何してもよくね? あー、いや。負けた方がいいのは分かってるよあぁ分かってる。けど、負けたら負けたでなんか俺だけ惨めな気分にならない? 俺まったく関係なかったのになんでかヘイトがこっちに向いてさ、決闘まで吹っ掛けられてさ、そんで「ざーこ、ざーこ♡」ですぜ?

 第一、俺止めた側じゃん。何もしてないじゃん何も言ってないじゃん。

 思い出してきただけで……あー、ムカついてきたわー、嫉妬野郎殴りたくなってきたわー。負けた方が絶対にいいはずなんだけど、なんか勝ちたくなってきちゃったなー。勝ったあとのこととか考えたくないなー。


(くくっ……そうと決まれば鬱憤を晴らさせてもらおう! 転生してからこれまでの全部!)


 アルバは勢いよく振り返り、特等席で観覧するシェリアに視線を向けた。


「シェリア!」

「なんでしょう!」

「治癒の準備を! きっと、お前の力が必要になる!」

「分かりました! 五臓六腑が飛び出しても頑張ります!」

「いや大丈夫だそこまではしない!」


 流石のアルバも、相手の五臓六腑を飛び散らせるほど鬱憤を晴らしたいとは思っていなかった。


「ふんっ! クズのお前に何ができる」


 男はゆっくりと構え始めた。魔法士なのだろう、両手を自分の方に向けている。

 そして、ゆっくりと───どこからともなくコインが放られた。


(相手は無能のクズ息子。しっかりと家庭教師をつけてもらい、日々魔法の練習をしてきた俺には敵わないはず!)


 確かに、アルバは自堕落な生活を送っていてストーリーでは誰の脅威にもならなかった。

 しかし、誰よりも才能ある人間だったのは、しっかりと明記されている。

 ―――男は知らない。

 アルバが転生し、何があってもいいように必死に己の力を磨いてきたことを。


 カツン、と。コインが地面に落ちた。

 その瞬間が合図となり、男が詠唱を始める。


「赤き煉獄よ! 世の理に干渉し、我の障害を―――」


 しかし、その最中。

 男の詠唱は止まった。


「……は?」


 疑問符が口から零れた原因———それは、姿からであった。


「な、ん……ッ!?」


 魔法にはいくつか属性があるのだが、その内の一つに『雷』というものがある。

 自然現象として世の中に現れる事象である雷。そこから模した魔法は、相手に電気を与えることができるのだ。


 時に、雷が放つ光は音を置き去りにする。


「詠唱なんてチープなことすんなよ。そんなんじゃ、相手に迫られてお終いだぜ?」


 もしも、相手に雷をぶつけるのではなく己が雷になってしまえば?

 音を置き去りにするかのような速さが、己の肉体に与えられたとすれば?


「……思春期の日本男児なら、一度は憧れたことはあるわな」


 力とは速さと重さ。

 光速に届きうる速さで上げた足が、誰にも捉えられることなく男の鳩尾に触れる。

 そして———一つの魔法として成立した最大火力が、男の体を吹き飛ばした。


「ガッァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!???」


 ギャラリーにぶつかるなどお構いなし。

 周囲の生徒を巻き込みながら、男は土煙を上げながら吹き飛んでいってしまった。

 その姿を見て、アルバは頬を引き攣らせる。


「……やっべ、アルバくんの才能強すぎ」


 五臓六腑もあながち間違いなじゃないかも。

 周囲が驚きを含んだ沈黙に包まれる中、アルバは急いでシェリアにアイコンタクトを飛ばしたのであった。

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