傍観者達

 静寂しきった訓練場。

 ギャラリーが驚きに包まれている中、一人の少女は人混みに紛れて関心していた。


(……ふぅーん、すっご)


 艶やかなアメジスト色の髪、同色の双眸。

 元より表情豊かな子ではないのか、関心しているというのに端麗な顔立ちに然程変化はなかった。


(……今のは『雷』の魔法。だけど、事象を体に落とし込んでいる)


 この世界での魔法は一般的に『世に新しい事象を加える』というものだ。

『火』の属性は世に火を元にした事象が与えられ、『水』の属性は世に水を元にした事象を与える。

 それらは全て外部に目に見えるような形で現れるもので、一般的に他者へ向けられるのだ。

 しかし、アルバという少年が使った魔法は世……というより、己に新しい事象を与えている。


(……これがどれだけ難しいかって、皆気づいているのかな?)


 まず前提として、一般的に知られていないものであること。

 先駆者が少ない以上、理論上で成立したものであっても想定外の要素が加わって成立しないことがある。そもそもの話、師がいなければ理論を構築するのですら難しいだろう。

 第一、己の体に新しい事象が馴染むのか? という問題ですら出てくる。

 人体に思いもよらぬ自然現象が収まる範囲で入り込めばどうなると思っているのか。

 魔法の根源である魔力───それが色を変えた状態でも収まれば、体内に流れる魔力と順応して問題なく動くはず。

 だが、それはあくまで理論上。

 言うなれば、違う血液型の血を入れれば同じ血だし輸血ができるよね……と言っているのと同じことだ。


(……だから、大抵の人は挑戦しても内側から崩れて死ぬ)


 だが、そうはなっていない。

 つまりは───


(……あの人の潜在資質が異常だったってこと)


 少女はふと視線をもう一度アルバへと向ける。

 青白い光が体を纏っており、とても異常があるようには見えない五体満足。

 無理をしているわけでもなく、制限もないのだろうと客観的に見て取れた。


(……師匠と同じ領域にいるんだ。ちょっと悔しい)


 少女はギャラリーが取り囲む中、アルバに背中を向けて歩き出す。


(……負けない)


 その時の少女の表情には、無表情らしからぬ歪みが浮かんでいた。

 まるで「悔しい」と、そう言っているかのような───


(……として、魔法で負けるなんて私が許さない)



 ♦️♦️♦️



「ずっこ! ねぇ、ずっこくない!?」


 一方で、別の場所では一人の少女が驚きに包まれている空気を霧散させるかのように興奮していた。

 その横では、一人の少年が焦ったような顔を見せる。


「ちょ、ちょっとアリス! 落ち着いて!」

「ううん、こんなの気持ちが落ち着かないよ! 私は見えなかったけどさ、ズバーン! って人が吹っ飛んでいったよ!」


 少年がなだめようとするものの、少女の興奮は治まりそうにない。

 大きくため息を吐いて、諦めたかのように視線をアルバへと向ける。


「噂では魔法も何もできないクズ息子って聞いてたんだけど……まぁ、確かに凄いね」

「お? ユリスくんもそう思う?」

「うん、凄いと思うよ」


 少年はアルバから目を離さない。


「多分、あの動き……何かしらの魔法だと思うんだけど、僕が凄いって思ったのは体術の方かな」

「体術?」

「うん、ところだよ」


 本来、光速にまで迫る速さで何かがぶつけられれば、大抵のものは壊される。

 速度を出しているアルバ本人はさておき、相手に至っては何もカバーがされていない。

 手加減したのだとしても、確実に部位は粉々に粉砕されるだろう。

 いち相手にそこまでしてしまえば、いくら聖女がいるとしても同年代の人間が痛みに耐えられるわけもなく、悶え……最悪、ショック死なんてことも考えられる。


「腹部……それも骨盤の位置かな? 的確だね。少しでもズレれば骨盤が砕かれるし、内蔵が破裂する。あの速度で動いているのに、的確に狙えるのは並の武術家でも難しそうだ」

「ふぅーん……よく見えたね。もしかして、ユリスくんならクズ息子にも勝てちゃう? 幼なじみの私はユリスくんのことを知ってるから、もしかしてって思っちゃうんだけど」


 少女の言葉に、少年は肩を竦める。


「それはまさかだよ。目で追えるのと対処できるのとでは話が違うからね」


 きっと勝てるのは、現騎士団長か現魔法師団長じゃないかな? と。

 少年はギャラリーを掻き分けるかのようにその場から足を進める。


「死んだはずのクズ息子が実は生きていて、手がつけられないほどになっている……けど、そもそも僕と関わることはないと思うよ」



 ♦️♦️♦️



 シェリアは純心無垢だ。

 とはいえ、立場も責務も忘れた馬鹿じゃない。


(アルの力は大人にだって引け劣らないものです)


 シェリアは慌て始めたアルバの背中を見て思う。


(あんな人が教会にいてくれれば、きっと多くの人を救えるはずです)


 護衛でも巡礼でも神父でも騎士でもなんでもいい。

 アルバの力はどんな時だってどんな場面だって誰かの力になる。

 教皇も、きっとアルバの実力を知った上で『聖騎士見習い』という肩書きを用意したに違いない。

 自分の感情と教会の利益を鑑みて───決して、シェリアに対する私利だけではないだろう。

 シェリアの目的はなんだ? 学園に入った意味は歳が満たされ、教会では学べないことを学ぶため。

 アルバと一緒にいるのは? 恩義があり、好きだから。

 それら延長線上に教会の利益も含まれるとしたら? 己のするべきことなど、容易に導き出せる。


(絶対にアルを逃がすわけにはいきませんっ!)


 己の恋慕を叶えるためにも、と。

 シェリアは今一層気持ちを固めると、自分を呼ぶアルバの下へ駆け寄ったのであった。



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