幼なじみのアルバ
アルバが変わった。
その変化を一番感じ取っているのは、周囲の有象無象ではなく幼なじみであるイレイナだ。
(何があったっていうのかしら)
決闘の件から数日後。
騒ぎが起こったにしては平和に続いている日々の中、イレイナはふとそんなことを思った。
結局、誰がなんと言おうとも決闘はアルバの圧勝であった。
気がつけば迫っていた男が吹き飛び、アルバは足を振り抜いた動作を見せている。
青白い光が特徴だったのを、未だに覚えていた。
勝者の配当は不可侵。今後関わるなということで無事に幕を下ろしたため、こうして平和な日々が続いている。
(アルバってあんなに強かったかしら?)
授業中だというのに、内容が一切頭に入って来ない。
どうしても、脳裏に青白い光を纏ったアルバが浮かんでしまう。
あの時決闘を見ていた周囲は、きっと「クズ息子があんなに強かったなんて」という驚きだけのはず。
しかし、イレイナは違う―――幼なじみだったからこそ、アルバがあそこまで強くなっていることに納得と違和感を抱く。
(元からあいつには素質があった。何回か一緒に稽古をしたからそれは分かっている。けど、真面目に練習に勤しむような男ではなかったわ)
努力より自堕落。自分のしたいことをして、望むように周囲を動かすのがアルバだ。
鍛錬という努力を嫌い、もったいないほど才能を腐らせていた。
だが、今のアルバはそうなっていない―――努力に努力を重ねたのだと、あの時見た背中で理解させられてしまった。
(本当に死ぬって感じたから? 家を飛び出す前に心境の変化でもあった?)
確実に心境の変化はあったのだろう。
そうでないと、そもそも裕福で恩恵が凄まじい公爵家を飛び出そうなんて考えなかったはず。
心境の変化は努力という面だけではない。
聞くところによると、聖女であるシェリアを助けたのだという。
赤の他人がどうなろうが知ったことないと言い切るであろうアルバが、まさか人助けに走るなんて。
(普通だったら信じられないんだけど、聖女様が懐いている姿と見ると、ねぇ……)
イレイナは視線を横に向ける。
すると、そこには爆睡するアルバと、そのアルバを必死に起こそうと小さく何度も頬を叩いているシェリアの姿があった。
シェリアの懐き具合いは異常だ。アルバを好いているのだと、ありありと伝わってくる。
初めこそ「本当に?」と疑問に思っていたが、シェリアの態度を見て信じざるを得なかった。
(……まぁ、馬車の女の子も助けていたし、本当に人助けをしてあげるぐらい丸くなったのかもね)
接していて丸くなっているのは感じている。
以前の自分達であれば、まともに会話を交わそうなどとは考えなかった。
理不尽に罵倒を浴びせられ、酷い言いがかりすら投げられ、婚約者である自分を放置して女遊びをする。
子供の頃の自分達からは考えられない溝が、あの時のアルバとイレイナにはあった。
しかし、今はどこか昔のような気持になる―――まるで、子供の時までに関係性が戻ったような。
「…………」
自分はこれからどうするべきだろう?
このままアルバと一緒にいる? 今のアルバと一緒にいるのは楽しいが、過去に受けた記憶と公爵家の令嬢としての立場が素直に首を縦には振らせてくれない。
手伝ってあげるといったものの、当初は影ながら手を貸せるときだけ貸す気持ちだった。
風評などを鑑みれば、間違いなくアルバと一緒にい続けるのはデメリット。感情的にも、許せない部分が多々ある。
だが、メリットとして何かを挙げるなら……楽しいと感じてしまった己の気持ちと、あれほどの実力を持った貴重な人材の確保。
(……困ったものだわ)
イレイナは授業中にもかかわらず天井を仰いだ。
♦♦♦
数日が経ったが、特に攻略対象も主人公とも出会うことはなかった。
素晴らしい、開幕早々正体がバレて表舞台に入ってしまったというのにこの出だしは最高だ。
アルバはそんな感情に浸りながら、手作りの弁当をひっそりと誰の目にもつかない屋上で頬張っていた。
(このまま時間が過ぎ去ってくれればさいこーだなー)
このゲームの攻略対象は合計で五人。
聖女であるシェリアと、公爵令嬢であるイレイナ。そこに賢者の弟子とも呼ばれる平民の女の子を加え、一学年上にいるこの国の王女、最後は主人公と同じ村の出身の幼なじみであり、平民の少女。
すでに二人と出会ってしまったのは仕方ない。しかし、主人公にも残りの三人とも数日経った現状出会っていなかった。
加えて決闘の一件のおかげで報復を嫌ったのか、周囲からの干渉はなく、平穏な日々が続いている。
本当に素晴らしい。自分で作った弁当がいつも以上に美味しく感じた。
(シェリアは友達を作ってくるって言って今はいないし、イレイナは取り巻きと飯を食ってるし、久しぶりの一人飯……うまうま)
少しだけ寂しく思ってしまうが、こうして一人でご飯を食べるのも久しぶりだ。
公爵家から逃げ出してきた時はずっと一人だった。
元より中身のアルバは一人が好きな少年であったため、吹き抜ける風に当たりながら静かな食事というのに不快感はなかった。
(こんな毎日が続くなら、学園生活も悪くないよなぁ―――)
そう思っていた時だった。
ガチャリと、屋上の扉が開かれる。
座り心地も最悪な石畳。シェフが作る学食があるのにのかかわらず弁当を持ってくるという習慣。貴族が多く集まる学園の生徒が昼休みに屋上に来るなんて珍しい。
そんなことを思いながら、ふと勝手に空いた扉の方に視線を向けてしまった。
すると―――
「あ、あのっ!」
一人の少女が、大きな叫び声を出しながら姿を見せた。
艶やかなミスリルのような銀の長髪。手には小さな弁当箱のようなものと、大きな一冊の本が抱えられている。
どこかで見覚えがあるような? アルバは一瞬首を傾げた。
すると、記憶に新しかったのか―――すぐに視界に映る少女と記憶が一致する。
「先日は馬車の一件で……あ、ありがとうございました!」
「あー、馬車の子!」
学園に入る前。
兄とイレイナに出会う寸前で助けた女の子が、目の前に現れた。
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