ミナというストーリー外

 一人でご飯を食べていると、一人の女の子がやって来た。

 その子は以前見かけた顔で、王都にやって来て数日後———兄と出くわしてしまった時に助けた少女であった。


「えーっと……何用で?」


 思い出したのもつかの間、アルバは少しだけ警戒心を見せる。

 現在、アルバと仲良くしようと思っている生徒はほぼいない。

 学園中に「アルという聖騎士見習いは、あのクズ息子!」という噂が広まっているからだ。

 一方で、何故か街の中では騒ぎになっていない。恐らく、例の娘溺愛者があれやこれやで揉み消してくれているのだろう。

 今の話は余談だが、そういうわけでクズ息子だと知れ渡った現状では誰もアルバには近づいてこない。

 過去の性格を同年代であればよく知っているから。加えて、そんな性格の人間が手も付けられないほどの力を持ってしまったから。

 強者を懐に取り込もうというメリットだけでまだ動けない子供達は、我が身可愛さで関わろうとは思えない。


 だからこそ、アルバ宛てにやって来たのは驚いたのと同時に警戒してしまう。

 以前助けたことはあっても、本来であれば悪評に遮られるはずなのだから。

 しかも、この子はストーリーに関わってくる攻略対象ではなく───見覚えのないだ。


「と、突然申し訳ございませんっ! 私、ルピカー男爵家のミナと申します」


 そんなアルバの警戒心を感じ取ったからか、緊張した様子で名前を名乗る。

 艶やかな銀髪が下に垂れて少し目を惹いてしまうものの、やはり聞いたことのない名前だ。


「あの、お礼を言いたくて……」

「あー、なるほど。別に気にしなくてもいいのに」

「よろしくありません! お母さんに挨拶お礼はしっかりするよう教育されてきましたから!」

「いい子」


 近年稀に見るいい子である。

 どこかシェリアを連想させた。


「そういうことならお礼は受け取るよ、ありがとう」

「いえいえ、私の方が感謝しなければいけなくて……」


 本当に育ちのいい子なのだろう。

 爵位が低いとはいえ、ここまでしっかりしている人間を日本含めあまり見たことはなかった。

 とりあえず、アルバはハンカチを対面に敷いて「座る?」と促す。

 すると、ミナはおずおずとした様子で対面に腰を下ろした。


「し、失礼します」


 今まであまり畏まられてこなかったアルバ。こうして恐縮された態度を取られると、どこかむず痒くなってしまう。


「あのさ、もしよかったら敬語とかなくなさい? もしくは、俺が畏まるからそっちは堂々としてもらえると……」

「ですが―――」

「いや、俺ってもう貴族じゃないし。どちらかと敬わなきゃならないのは俺の方なんだけど」


 アルバはすでに公爵家の人間ではなく、ただの平民だ。

 いくら恩人とはいえ、畏まらなければならないのはアルバの方。

 今更ながらに思うと「失礼な態度取っちゃったなぁ」と後悔し始めた。


「じゃ、じゃあ崩すけど……アルバくんも、そのままでお願い。私もあまり畏まられるのって好きじゃなくて」

「ん、了解」


 アルバは対面に座ったのを確認して、再びご飯を頬張り始める。

 その瞬間、何故かミナは少し気落ちしたような表情を浮かべた。


「どうかしたの?」

「あっ、ううん! なんでもないよ! ただ、お礼にちょっとお弁当を作ってきてたってだけで―――」


 ガガガッ(弁当を勢いよく頬張る音)


「ほれふぁありふぁたい、ちょうほごふぁんをもっへふるのほわふれはんふぁ(それはありがたい、ちょうどご飯を持ってくるのを忘れたんだ)」

「えーっと……お弁当箱、手にあるよ?」

「唸れ俺の右肩ッッッ!!!」

「投げた!?」


 アルバは勢いよく弁当箱を彼方に放り投げた。

 これで正真正銘、弁当箱を持って来たという証拠はなくなった。


「お腹空いてたから助かるよ」

「いや、思いっきり投げ飛ばした気がするんだけど……まぁ、いいのかな?」


 ミナは突然の暴投に呆気に取られながらも、すぐさま噴き出したように笑みを浮かべる。


「ふふっ、気遣ってくれたんだね。ありがとう」

「いやいや、本当に弁当を忘れたんだ。信じてくれ」

「信じるよ、アルバくんのこと。じゃあ、お礼に作ってきたんだけど……食べてくれる?」

「Of course(もちろん)」


 アルバはミナから手渡れた弁当箱を嬉しそうに手にする。

 シェリア以外で、初めて自分に向けられて作ってもらったものであった。

 だからこそ嬉しく、アルバは鼻歌を鳴らしながら弁当箱を開けて早速一口頬張る。


「んっ! 美味しい!」

「よかった、頑張って練習してきたかいがあったよ」

「え? わざわざ練習してきたの?」

「うん、アルバくん……あ、今はアルくんなんだっけ? アルくんに振舞いたくて練習してきたんだ。私にできるお礼って言ったらこれぐらいだし」


 なんとも健気。

 確かに、貴族であれば使用人やコックに任せるため料理をしない人間が多い。料理慣れしていないのも頷ける 。

 その中で使用人に任せず、わざわざ自分のために練習してきてくれた……これほど男にとって嬉しいものはないだろう。


(あれ、なんだろう……涙が)


 作中に登場しないモブとはいえ、このゲームの世界に転生して初めて普通の女の子から普通の扱いを受けた気がする。

 アルバの瞳から何故か薄っすらと涙が浮かび始めた。


「本当は決闘騒ぎの時にアルくんのところにお礼言いたかったんだけど、弁当かどうかも分からなかったし、すぐに上手になれなかったりで……ごめんね?」

「いやいや、謝らなくても全然! 本当に嬉しいから!」


 これは紛うことなき本音だ。

 あの時はイレイナに無理矢理話す間もなく連れ去られたため、もう出会うこともないと思っていたのだ。

 まぁ、お礼をそもそも求めて助けたわけではないのだから会う会わないはさほど気にしていなかったのだが、それが偶然同じ学園に通うことになっていて、こうして自分の悪評を知りながらもお礼を言いに来てくれた。

 もう嬉しい以外の言葉が見当たらない。


(美味い……ほんと、美味い)


 心なしか、人の温かさに触れたような気がした。

 シェリアは攻略対象。温かさはあったのだが、どうしてもストーリーのことが頭に浮かんでしまう。

 故に、純粋になんの懸念もなく普通の人から温かさをもらったのは今日が初めて。

 アルバは涙を浮かべながら、膨れたお腹にもかかわらず美味しそうに手を動かす。


「ふふっ、いっぱい食べてね」


 そんな姿を、ミナは微笑ましそうな表情で見守るのであった。

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