助けるために

 ユリスが足を運んだ先は、王都の外れにある廃墟であった。

 手入れされていないと、見るからに分かる。外壁はところどころ崩れ、辛うじて輪郭だけ整えられている場所。

 人気はまったくなく、周囲の木々のざわめきが不気味さを異常に醸し出していた。

 こっそりと、ユリスは崩れた外壁の影から中を覗く。

 そこには、何人ものローブを羽織った人間達がそれぞれ待機していて、隅にはよく知らない小さな少女が鎖に繋がれており、中心にはシェリアを背負った狼の姿をした魔獣とフードを脱いでいる茶髪の女性の姿があった。

 しかし、狼の魔獣はシェリアを下ろすとすぐさま姿へと姿を変えていく。

 その姿は、どこか見覚えのある姿で───


(ミナさん……ッ!?)


 何故、どうしてここに? いや、それよりも魔獣の姿になって……などと、ユリスは声を我慢しながら内心で戸惑った。

 そんな驚きを無視して、ミナはローブを羽織った女性へと向き直る。


『……これで、いいんだよね』

『あぁ、流石だね。想定外のことはしてくれたが、ちゃんと運んでくれてよかったよ』

『……妹は』

『そう心配するな。あそこにいるだろう?』


 女性は隅っこを指さす。

 今の流れからして、あそこで繋がれている少女はミナの妹のようだ。


『だったら、早く返して……ッ!』

『まぁ、落ち着け。最終的な契約はボク達の目的を果たすまで協力することだろう?』


 含みを孕んだ笑みを浮かべて、女性はミナの肩を叩いた。


『クソッタレな神の御使いをは、しっかりと協力してもらうよ』

『チッ』

『安心しろ、約束はしっかりと守るのがボク達さ』

『……私の家族を殺した人間がよくそんなことを』

『それは約束の話ではないだろう? まぁ、外で見張りでもしてくれたら助かるよ、万が一君のことをつけてきた人間もいるかもしれないしね』

『…………』


 ミナは忌々しそうに女性を睨むと、すぐさま廃墟の外へと踵を返してしまった。

 向かった先は自分とは別の方向。姿が見つかることはないだろう。


(……状況が読めてきた)


 ミナは妹を人質に取られ、シェリアを誘拐してきた。

 そして、この集団は聖女であるシェリアを殺すことを目的としている。

 どうしてシェリアを殺すのか? という部分までは分からないが、優しそうな彼女がどうして誘拐に至ったのかは理解した。


(クソ……ッ!)


 他人の不幸を最も嫌う性格が、ユリスの中で激しい憤怒を燃やした。

 しかし、それは唇を噛むだけでなんとか堪えることに成功する。


(……落ち着け、感情に任せて自暴自棄になるのはダメだ)


 学園を抜け出してここまで来たのは、恩人の大切な人を守るためだ。

 今飛び出して行ったところで、自分があの人数に勝てるとは思えない。きっと、ただ余計に状況を悪化させて彼女達を危険な目に遭わせるだけだ。

 現実的に、かつ合理的に最前の手段を考えなければ。


(アリスにはこの場所は伝えてある。アリスもアルバくんと会えたって言ってるし、彼が来るのも時間の問題)


 だったら、今は我慢だ。

 シェリアの身に本格的な危機が訪れようとした時にだけ割って入り、アルバが来るまでの時間を稼げばいい。

 己の身がどうなるかなんて、勘定には入れない。


(シェリアさんを救う。それと、ミナさんの妹さんも……絶対に。だから僕は時間稼ぎに徹する)


 まだその時じゃない。

 ユリスは物陰から機を窺うためにジッと息を潜めた。



 ♦️♦️♦️



 茜色の陽が沈み始め、徐々に暗くなってきた頃。

 肌寒い夜風が髪を靡かせ、ミナはふと空を見上げた。


(やっちゃった)


 シェリアをあいつらの下へ運んでしまった。

 となると、もうあとには戻れない───聖女であるシェリアは殺され、代わりに自分は妹を救い出せる。

 今、自分が本気を出してあいつらに突貫すれば、恐らく勝てるだろう。

 だが、勝てるだけ。両親をも平気で殺したあいつらが殺される前に妹を殺す可能性は充分にある。

 だから、ミナはあいつらに逆らうことができない。少しでも妹が殺される可能性があるのなら、その前提を踏み倒して前に進むことができない。


(最低だな、私)


 正直な話、ミナはもう生きて平穏な日常へ戻ろうという気は起きていなかった。

 妹を助けて、孤児院へ預けて、飛び降りて自殺でもしよう。

 友人を殺して平穏に溶け込むなんて、己の罪が許さない。どうせ異端者である自分は周囲からは淘汰の対象なのだ、死んで感謝もされるだろう。

 でも、その前にアルバに謝らないと。いっそのこと、謝って彼の手で殺される方がいいのかもしれない。

 彼がシェリアを大切にしているのは知っている。

 だから、きっと優しくていくらかっこいい人でも、大切な人の仇ぐらいは取りたいだろう。


「アルくん」


 上がった月を見て、ふと涙が零れてきた。

 今日何度目の涙だろう? もう数えちゃいない。

 どこで己の人生が狂ってしまったのか? 妹を守り抜いていれば? 妹を守るためにあいつらに協力し始めた時から? いや、そもそも大好きな家族に拾われてさえいなければ。いやいや、そもそも自分が生まれてさえこなければ───


「……アルくん」


 しかし、ここまで来たからには引き返すことなどできない。

 死んでも、ここから先へは誰も進ませるわけにはいかない。

 たとえ───



「よぉ、ミナ」



 ───たとえ、それが眩い閃光と共に現れただったとしても。


「助けに来たぞ、お前ら二人共」


 瞬く間というのは、このことだろう。

 一度瞬きをした最中。頭上から降り注いだ光は周囲にクレーターを作り、弾けるような青白い光が周囲を埋め尽くす。

 初めて彼と出会った時も、こんな光景だった。

 そう、あの時もその中心にいたのは───



「……通さないよ、アルくん」



 優しかった、彼だ。


 故に、ミナは己の姿を異形へと変えていく。


「私を殺すのも、今だけは待って」


 絶対に通さない。

 お願いだから、自分を殺すのは全てが終わってからにして。

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