助けるから
ユリスがアリスを経由して、シェリアの居場所を教えてくれた。
と言っても、あくまでざっくりとした場所だ。
建物のどこにいて、敵は何人いて、どれぐらいの脅威なのか。そこまでは分からない。
でも、アルバにとっては些事だ。
どこにいようとも建物にいれば捜し出せるし、どれほどの人数でどれほどの脅威であろうとも、全て倒してしまえばいい。
そんな思いで、アルバは学園から己の魔法を使って移動してきた。
音速をも越える速さだ。辿り着くまでそれほど時間はかからない。
そんな時に、アルバは見つけた……建物の外で泣いているミナを。
だから、こうして目の前に現れたのだが───
「……殺して?」
突然の発言に、アルバは眉を顰める。
しかし、それを受けてもミナは悲しそうな顔を浮かべるだけであった。
「私の姿の方じゃなくて、そっちに反応するんだね」
「そりゃ驚いたが、そっちよりも酷い言葉を聞いたもんでな」
「……ほんと、君は優しいよ」
ミナは顔を上げてアルバを真っ直ぐに見つめる。
宝石のような瞳から変わった深紅の瞳は、どこか悲しくも禍々しくアルバの視界に映った。
「私って、酷い女の子なんだ。仲良くしてくれた友達を売って、自分の目的を果たそうとした。妹を助けるために、私はこれからシェリアちゃんを殺すんだ」
「…………」
「だから、私は許されちゃいけないんだよ。シェリアちゃんにも、イレイナちゃんにも……アルくんにも」
だから、殺してほしい。
ミナはそう言って、アルバにも分かるように拳を構えた。
「シェリアちゃんの居場所はこの先だよ。でも、絶対に通さない。ことが全部終わるまで、アルくんはここで足止めをさせてもらう」
決意に満ちているというのは、すぐに分かった。
魔獣に似たような姿を見せているからではない。
纏う雰囲気が、発する言葉の重みが、真っ直ぐに向けられている瞳が、全てを物語っている。
優しくて、少し子供っぽくて、可愛らしい女の子の姿ではない。
あの時、もう少し苦しそうだった彼女を呼び止めてでも話を聞いていれば、こんな悲しい決意を抱くことはなかったのだろうか?
アルバの心が酷く痛む。だが、それはきっとミナの方が痛いはず。
「……ミナの事情がどんなに深いものかは、俺は知らない」
アルバは、ミナに向かって一歩踏み出す。
「でも、俺は話してくれたら、お前に手を伸ばしたよ」
初めて、
悪評が強かった中、誰にも侮蔑の対象として見られなかったのにもかかわらず、己へ普通に接してくれた。
それがどれほど嬉しかったなど、きっと優しさを向けたミナには分かるまい。
だからこそ、アルバはミナを助けたいと思う。
こんなやり方をしなくたって、俺が───
「……うるさい」
しかし、その言葉はミナには届かなくて。
「分からないなら、簡単にそんなこと言わないでよッッッ!!!」
ミナの叫びが、静寂の中に響き渡った。
涙を流し、まるで怨敵でも見ているかのような鋭い瞳をアルバへ向ける。
「分かんないよ、アルくんには! 助けてって言えるならとっくに言ってる! 言えないから、私はこんなクズになってるんじゃん!」
「…………」
「言ったら私の妹を助けてくれたの? 助けてって言ったら、喉元に剣を突き付けられている妹を助けてくれたの!? 赤の他人のために、あんなイカレ野郎達と戦ってくれるの!? 死ぬかもしれないのに!? あり得ない……あったとしても、かないっこないッッッ!!!」
アルバが突貫しても、ミナと同じ現象が起こるだけだ。
あいつらを殺せたとしても、その間に妹が殺されるかもしれないという可能性は拭えない。
それに、拉致して殺そうとしている集団へ、わざわざ赤の他人のために向かうか? 初めて助けてもらった時とは状況が違う。
助けてと言ったところで、己が死ぬかもしれない場所へ行くとは思えない。
だから、アルバの発言は綺麗事でその場凌ぎ。
所詮は、ミナを納得させようとしているだけの軽口に他ならないのだ。
しかし───
「助けるよ」
それでも、アルバは口にする。
「俺は、お前のことも助けたよ」
綺麗事だ。
今のアルバの発言には、なんの確証も確信もないただの言葉。
強いて信憑性を上げるとするなら、こうしてシェリアのためにわざわざ足を運んだことと、馬の一件で己を助けてくれたことだろうか?
それでも、過去に助けを求めて助けてくれたか……という話を信じさせる根拠とはなり得ない。
「俺は、助けた者の責任ぐらいは果たす。フラグなんか関係なしに、助けた女の子のためだったら」
もし、本当だったら……私はなんのためにシェリアちゃんを誘拐したの?
友人を傷つけてまで辿り着いたこの道に、意味はなかったの?
「……うるさい」
それだけは嫌だ。
それだけは、絶対に嫌だ。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッッッ!!!」
分かっている、これは八つ当たりで、ただ馬鹿な自分の感情の行く先を探しているだけなのだと。
それでも、ここで差し伸べられた手を握って正解だったということにはしたくない。
固く決意したこの罪を、ぽっと出のヒーローに怪我してほしくない。
なけなしの己を、全て否定されるような気がするから。
「……わ、私がなんの対策もしてないと思った?」
フラりと、ミナもまた一歩を踏み出す。
「アルくんがシェリアちゃんのために駆けつけることぐらい分かってた。いくらアルくんの魔法が凄くても、その対策ぐらいは考えてある」
頭では分かっているのだ。
冷静に考えて、誰かの差し伸べられた手を握る方がいいのだと。
優しい彼の手を、握った方がいいのだと。
でも、己の今までと───少しでも妹が殺される可能性があるのなら、己はここから戻れない。
「だから、そう簡単には行かせないよ」
ミナの瞳が更に朱に染まる。
濃くなっていった赤色は徐々に黒く濁り始め、心なしか耳に魔獣の鳴き声すらも聞こえてきた。
だが、アルバは臆さず一歩を踏み出す。
「そこを退け、ミナ」
傲慢なのかもしれない。
己の目的はシェリアを助けることだったはず。
けれど、やはりこの少女も見捨てることはできない。
イレイナから頼まれ、実際に悲鳴を上げている少女を目の前にしているから。
「お前らを、助けるからさ」
これがストーリー通りなのかどうかは、もう既に分からない。
だが、悪役は拳を握る。
なんとしてでも、守りたい子がいるんだ。
───その瞬間、アルバの周囲を魔獣が囲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます