謀反者の集い

 実を言うと、シェリアの意識は到着するまでに戻っていた。


(現状確認です)


 意外にも、か弱い少女は冷静であった。

 それは過去に何度も襲われた経験故か、それとも信頼している相手が胸の中に安心感を与えているからか。

 何かに運ばれるような感覚が終わり、突如乱雑に寝転がされた。

 手にはご丁寧にローブが巻かれており、激しく試してはいないが動けないというのはなんとなく察せられる。

 あとは場所。薄っすらと目を開けて、怪しまれないように周囲を見渡した。

 どこにでもあるような、不気味が際立つ廃墟。フードを被った人間がそれぞれ待機していて、近くからはミナと謎の女性の姿が映る。


『それは約束の話ではないだろう? まぁ、外で見張りでもしてくれたら助かるよ、万が一君のことをつけてきた人間もいるかもしれないしね』

『…………』


 そんなやり取りが聞こえたあと、遠ざかっていく足音が一つ。

 今までの会話を聞く限り、ミナが外の見張りをするために外へ向かったのだろう。

 もしかしたらミナがここで協力してくれるかも……そう思ったが、いなくなってしまえば少し難しい。

 となると、ここで考えなければいけないのは―――


(あそこにいるのが、ミナさんの妹さん)


 薄っすらと開けた視線の先。

 そこには、意識でも失っているのか力なく鎖に繋がれている少女が一人いた。

 状況から察するに、恐らく彼女がミナの妹と見ても問題はないだろう。


(となると、この状況でいかにあの子を逃がすかですね……)


 己は恩恵以外ではただの女の子。貧弱と言っても過言ではない。

 恩恵もほとんどが治癒に特化したものであり、とてもこの人数を相手に立ち回れるものではない。

 なので、気づかれないようミナの妹を救うしか方法がなかった。

 最悪、自分は治癒の恩恵のおかげでどれだけ傷つこうが治すことはできるが―――


「そろそろ起きたらどうだい、聖女殿?」

「ッ!?」


 目の前の女性の言葉に、シェリアの肩が跳ねる。

 薄っすらと目を開けていたのがバレていたのか? どちらにせよ、このまま気を失ったフリをするのは愚策。無理矢理起こされるよりかは会話に参加した方が賢明だ。

 故に、シェリアは体を起こしてゆっくりと目を開ける。


「……気づいていらっしゃったんですね」

「当然だろう? 異端者のあの子も、君が起きているのは気づいていたよ。あんな猿真似に気づかないのは、恐らくここにいるボク以外の面子だけさ」


 ひっでぇ、と。周囲からドッと笑い声が聞こえてくる。

 緊張感のないやり取り。余裕をこいているのか、それともこの瞬間を楽しんでいるのか。

 いずれにせよ、正気の人間達とは思えない。


「目的はなんですか? ミナさんを利用してまで私を攫った理由は?」

「ふむ……素直に答える道理はないが、答えてやらない道理もない。冥途の土産として、教えてやるのもまた一興かな」


 そう言って、女性は近くにあった椅子へ腰を下ろした。


「我々は『謀反者の集い』。神を恨み、神に憎悪し、神に仇なし者が集まる集団だ」

「……神に、仇なす」

「まぁ、神の御使いである君には理解できないだろうね。あ、申し遅れた―――ボクはこの集団を纏めるヨルという者だ。よろしくしなくてもいいが、一応名乗っておかないとね」


 ヨルという女性は周囲の人間と同じ笑みを浮かべる。

 なんという場違い。いや、この場を仕切っているからこそ、彼女の笑みは場違いではないのか。

 いずれにせよ、この飄々とした態度がシェリアの堪忍袋を刺激する。


「よくも、ミナさんを……ッ!」

「そう怒るな、君が聞いてきたのにまだ話の途中だろう?」


 更に目の前のヨルは笑みを深めた。


「我々には特段崇高な目的はない。大それた目的というのもないな」

「……何も、ない?」

「いいや、大それていないだけで一応あるさ―――この世を眺める神という存在に、一発食らわせてやるという目的が」


 徐々に大きくなっていく声に、シェリアの肩が思わず跳ねる。

 それでも、ヨルは気にせず言葉を続けた。


「飢餓、災害、病気、貧困、戦争! 神はこの世界を眺めているというのに、何一つとして手を差し伸べてはくれない! 今まで死んでいった人間は何人いる? 満足に寿命を謳歌できず、志半ばで命を落とした人間が何人いる!? えぇ? 言ってみろ、聖女!」

「…………」

「そんな人間が溢れる世界の時点で、神はただ観測しているに過ぎない。君達がご丁寧に崇めていようが、現実を見ろ。手を差し伸べたりなんかせず、きっと見て酒でも煽りながら愉快な日常をショー感覚で楽しんでいるに違いない。君達が信仰しているような神であれば、もっと世界は平和だったさ」


 一歩、一歩と、ヨルはシェリアに近づく。


「だから我々は壊すのさ。神が不快に思うように、神に少しでも意趣返しができるように、神を一発殴ってやるために。それこそが、我々の行動理由だ。聖女である君を攫ったのも、神に最も近しい君を殺せば神が怒るだろうと思ったからだね」


 そして、眼前にまで迫ったヨルの顔は―――笑っていた。

 憎んでいると言っているのに、とても楽しそうな。狂気すら滲んでいるような、そんな顔。

 この廃墟よりも不気味に感じたものの、シェリアは臆さず前を向く。


「……あなたは」

「ん?」

「あなたは、己を変えるような不幸があったのですか?」


 ミナの両親を殺して、ミナの妹を攫って、己を殺そうとしてまで神に反逆する理由。

 特別に何か深い不幸でもあったのか? 神を憎むほどの何かが。

 シェリアは神の御使いとしてヨルに尋ねなければならないような気がした。

 しかし―――



 ヨルは、呆けたような顔であっさりと口にした。


「は?」

「別に何もされてないさ。両親は死んでいるが、単に強盗をした矢先で騎士に殺されただけだしな。ここにいる面子も、さして大きな不幸に見舞われていないんじゃないか?」


 ヨルは問いかけるように視線を周囲に向けるが、周囲の人間は笑うだけで否定はしなかった。

 女の言う通り、誰かに同情されるような悲劇には遭ったことないのだろう。


 それなのに、神を憎み、その過程で人をも殺したのか。

 己の勝手に掲げた目的のために、他人の不幸を生んだのか。

 信じられず、馬鹿らしく、シェリアの沸点がどんどん上がっていき……やがて堪え切れなくなった。


「ふ、ふざけないでくださいっ! どんな理由があれど悪は悪ですが、どんな理由もなく神を憎むなど、それはただ己の欲に正統性を持たせようとしているだけにすぎませんッッッ!!!」

「それは君達信徒も同じだろう? 神から何かを直接もらったわけでもないのに、神からの贈り物だと言って信仰している。実際に手にしているのは君ぐらいだ。何もされていないのに憎むボク達と、何もされていないのに崇める君達と、一体何が違うと言うんだい?」


 ただ、ベクトルが違うだけ。

 シェリア達信徒は、一つ一つの恵みが神からの贈り物だとプラスに捉えているだけで、ヨル達は憎悪に走っているだけ。

 神という存在一つでの意味の持ち合いが違う、本当にそれだけの違い。

 それだけで、ここまで価値観と行動と倫理観が変わってくるのか。

 あまりにも馬鹿らしく、どうしようもなく、憤りが募っていくばかり。


「クソ、外道が……ッ!」

「おいおい、口が悪いぞ? 君から聞いてきたんじゃないか」


 肩を竦め、ヨルは徐に顔を離す。

 さてと、と。その言葉だけを口にして懐から一回り大きい短剣を取り出した。


「問答もこれぐらいにしようじゃないか。冥途の土産は充分溜まっただろうし―――そろそろ、食事ふくしゅうの時間にしよう」


 そう口にした瞬間、周囲からどっと歓声が上がった。

 まるで今からスポーツ観戦でもするかのように更に歓声が聞こえる。たった一つの命を潰すためだけに、口笛まで吹き始める。

 これを狂っていると称さずに、何を狂気だと言うのか?

 シェリアは切っ先を向ける短剣を見て、思わず息を飲んだ。


「さぁ、神の御使い殿?」


 そして、


「いただきまs」


 


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???』

『な、なんだ!?』

『おい、こいつはどこから湧いてきた!?』


 ヨルの振り下ろそうとした手が止まる。

 シェリアも、振り下ろされそうになった短剣から目を離し、思わず更に騒がしくなった方へと視線を向けた。


「多分、ここがギリギリの地点ポイント


 すると、そこには———


「言っておくけど、僕はあくまで時間稼ぎ要員だから。彼が来るまでの間、絶対に彼女達を殺させやしない」


 下敷きになった男に突き刺している、一人の少年の姿があった。

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