悪役VS魔獣の姫

 魔獣はどこから生まれてくるか解明されていない。

 どの空間から現れて、いつの間にそこへ住み着いたのか。

 繁殖方法は解明されているものの、そこに至るまでの経緯は学者の人間でも未だ調べ切れていないという。


 しかし、だ。

 アルバの周囲には、地面から這い出るように魔獣が現れた。

 学者が見れば興奮によって必死に解明しようと調べ始めるだろう。

 だが、アルバにとっては『疑問』としてでしか魔獣が眼前に現れた現状を飲み込めない。

 何せ、先程までそこには何もなかったのだから。


「驚いたでしょ?」


 ミナは高みの見物とでも言わんばかりに、離れた場所で口元を吊り上げる。


「私は魔獣化した時に限って魔獣を生み出せる。呼ぶんじゃなくて、生み出せるの」

「なんじゃそりゃ……ッ!」

「私にもよく分かっていないんだけどね。おかげで『謀反者の集いあいつら』には『魔獣の姫』なんて言われたりしたよ。安直だし、恥ずかしいよね」


 アルバは体内の魔力を循環させる。

 馴染ませ、巡らせ、体内に落とし込んだ魔法を使用するための準備を始めた。

 一歩、踏み出すだけで魔獣の眼前へと近づいた。ひとたび蹴りを放てば、トロールのような魔獣の首は吹き飛んでいく。

 だが、その間に四方から魔獣が徐々に距離を縮めてくる。


(クソ、この魔獣……じゃないのか!?)


 いつぞやに突如現れた魔獣。

 アルバの脳裏に、その時の光景がフラッシュバックする。


(もしかして、ミナは詳細に描かれていなかっただけで、本編に関わっていた……ッ!?)


 ここまできて、結び付けられない方がおかしい。

 間違いなく、校外学習の時に魔獣を生み出したのはミナだ。あんな新入生でも入れるような森に魔獣を生み出す芸当など、恐らくミナにしかできない。

 アルバが知らなかったということは、詳細に書かれておらず、ストーリーではさして重要ではなかったということ。

 アルバは思わず歯噛みしてしまった―――ちゃんと描写しておけこんちくしょう、と。


(いや、今はそんなことクソどうでもいいッ!)


 四方を取り囲む魔獣の姿は一匹二匹ではない。

 こんなのをいちいち相手にしていれば、シェリアの下へ駆けつけるまで時間がかかってしまう。

 だから、アルバは飛び跳ねるようにして四方を取り囲む魔獣を飛び越えた。

 しかし―――


「逃げ道を絞れば、私でも対応ができる」

「ッ!?」


 鈍い感触が腹部を襲う。

 跳躍したその先。足を振り抜こうとしたミナと接触してしまい、なんのガードもしていないまま蹴りをまともに食らってしまう。

 己が目で追えないスピードで動いているからこそ、返された時の反動も大きい。

 アルバは地面に叩きつけられるように転がされて一瞬怯む。その隙に、またしても四方からどこからともなく現れた魔獣が襲い掛かってくる。


「アルくんの魔法は凄い。私でも目で追えない。けど、それは一対一にのみ特化しているって言っても過言じゃない」


 四方が塞がれているからこそ、逃げるなら頭上オンリー。

 ミナがいるかもしれないと分かっていても、アルバはもう一度飛び越えるようにして跳躍———そして、またしてもミナに行く手を阻まれる。


「ッ!?」

「多勢に無勢。それがアルくんの弱点!」


 再び地面に叩きつけられる。

 少し離れた場所に落とされたというのに、またしても別の魔獣がアルバの四方から現れた。

 際限なく魔獣を生み出せ、本人も速度を上げたアルバを叩きつけられるほどの筋力を持つ。

 正に脅威。これほどの力があれば、平気で街一つを滅ぼしてしまえるだろう。

 アルバは小さく舌打ちをする。こんな人間がモブでいいものか、と。


「……私は、アルくんを殺そうとはしないよ」


 降り立った先で、ミナは口にする。


「私は、妹を助ける」


 切実そうに、泣き出しそうに。

 縋るような瞳をアルバへと向ける。


「たった一人の妹だからさ。こんな私を家族だって言ってくれた妹だからさ。助けないと、私のせいでまた大事な人が死んじゃう。嫌だよ……嫌なん、だよ。私、あの子しかもういないんだよ……」


 縋る瞳はアルバから逸らされない。

 魔獣を生み出しながらも、訴える想いはミナの口から止まらない。


「ねぇ、お願いだから止まって。全部終わったら、私のことは好きにしていいから」


 それでも、アルバは己の魔力を高めた。

 覚悟を決めろ、と。青白い光を全身から立ち上らせ、一気にボルテージを上げる。


「お願い、だよ」


 四方を取り込まれたからなんだ。

 ルートが制限されるからなんだ。

 もう飛び越えて先に向かうのが難しいのであれば―――


「お願いだから、止まってよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」


 ―――

 正面から、堂々と。魔獣の壁を突き破れ。

 ミナの叫びによって、更に魑魅魍魎の魔獣の量が膨れ上がった。


「……俺はやっぱり、お前の事情も重みも気持ちもしっかり分からない」


 背後から魔獣が迫ってこようが、正面の魔獣を倒す。

 拳を振るい、蹴りを叩き込み、臓物が飛び交って視界が悪くなろうが関係なく振るう。

 際限なく現れる魔獣はアルバの背後からも襲い掛かってくるものの、アルバは最小限だけを倒してひたすらに前へ一歩を踏み出す。


「所詮、俺は部外者てんせいしゃだからさ。お前らキャラクターの事情っていうのも、表面上でしか分からない。今やっていることも、本当は主人公の役目で、俺は単にその場荒らしをしているだけなのかもしれない。お節介で、傍迷惑で、恨まれるようなことなのかもしれない」


 一歩、また一歩。

 体に傷を負いながらも、アルバは前へと進む。


「俺だって死にたくはない。本当は山奥でひっそりとくらして、そのままぽっくり寿命を迎えたかったんだ。でも、大切な人と出会って一緒に過ごした日々っていうのも意外と悪くなくてさ。お前に出会えたから、ちょっぴりだけ学園生活っていうのも悪くないんじゃないかなって思い始めて」


 前へ、ただただ前へ。


「本来だったら、こんなことしなくてもいいんだよ。生き残りたいのなら」


 そして、ついに。

 数多の魔獣を倒していった先のミナの目の前へと辿り着いた。


「けど、お前らを助けたいって思って思ってしまったんだから仕方ねぇだろ」

「う、ぁ」


 魔獣の動きが止まる。

 それは、ミナの意思に伝導しているからか? 眼前に迫った青白い光を纏うアルバを見て、ミナは泣き出しそうな顔を浮かべながらたじろいでしまう。

 しかし、ミナは唇を噛み締めて思い切り拳を振り上げた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 だが、その大振りは才女イレイナですら反応できたもので。

 速度に特化し、速度に慣れた目を持つアルバが反応できないわけもなく。

 アルバは身を捻ることで躱し、ミナの首筋へと手刀を落とした。


「かッ……!」

「また、弁当作ってくれよ」


 ミナの意識が徐々に薄れていく。

 倒れる間際、暗くなっていく視界にアルバの顔が映った。



「また一緒にご飯でも食べようぜ」



 周囲の魔獣は消える。ミナの意識が途切れてしまったからか。

 そんなことは分からない―――しかし、アルバはその場を凄まじい勢いで離れていく。



 最後、どこからか「助けて」と聞こえたような気がした。


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