主人公VS謀反者の集い

 多勢に無勢。そんなことは知っている。

 それでも、ユリスの持つ正義感が剣を握らずにはいられなかった。


第一段局所向上オーバーズ・ワン


 ユリスは集団を見据えて己に身体強化の魔法をかける。

 騎士や冒険者の基本とも言える身体強化は全てで五段階。段数が上がれば上がるほど、肉体の身体能力は向上するものの、同時に大きく魔力を消費してしまう。

 主人公であるユリスが扱える身体強化は三段階まで。

 上が二つも残っている……と思うかもしれないが、本来入学したての生徒は魔法が扱えるか扱えないか。

 騎士の家系、才女と呼ばれるイレイナですら二段階まで。

 つまり、ユリスは学生の中では群を抜いて戦闘においての才能に長けているのだ。


 その中で、ユリスは一段階身体能力を引き上げる。

 油断しているというわけでもなく、時間稼ぎに徹する己の目的を履き違えていないからこそ魔力の消費を抑えたのだ。

 ユリスが容赦なく踏み付けている人間に剣を突き刺すと、集団が一斉に襲いかかってきた。


『てめぇ、どこから湧いてきやがった!』

『死に晒せ、あの世で神様で会えるかもしれねぇからな!』


 剣や棍棒。それぞれの武器が眼前に迫る。

 ユリスは我流の剣を持って冷静に、それでいて距離を測りながら対処していった。


(聖女様はあの女の傍にいる)


 一人ぐらいなら合間を縫って対処し、逃がすこともできるかもしれない。

 とはいえ、明らかにリーダー風の人間だ。シェリアのフリも見抜いてみせた以上、油断はできない相手のはず。


(だったら、できるだけ敵を引き付けてまずはミナさんの妹を逃がす!)


 欲張りと思われるかもしれない。

 こうして捌いているだけでも手一杯だというのに、更に多くの望む。

 だが、ユリスの中にある優先順位はシェリアとミナの妹の方が上。自分を勘定に入れなければ成し遂げられるかもしれない───そんな理論上可能性がある算段が頭の中にある。

 その前に、大目標として時間稼ぎだ。


(外で魔獣の気配が膨れ上がったような気がする。ってことはミナさんが戦闘に入った……多分、相手にしているのはアルバくん)


 あのアルバくんが参戦してくれれば、この状況だって打破できる。

 そんな思いと希望が、ユリスの剣を更に強くさせた。


『クソ、こいつ中々やるぞ!?』

『囲んでしまえばこっちのもんだ!』


 ご丁寧に作戦まで口にしてくれる。

 ユリスはすぐさま壁際まで飛び退いて、背後からの死角を消した。

 背後が消えれば、必然的に三方向に絞れる。後ろに下がれないというデメリットこそあるものの、現実的にこちらへ注意を向けて対処していくにはこれがベストのはずだ。

 しかし───


「君達、少し邪魔」


 ───ユリスの勘が、すぐさま敵のいる方へと身を転がさせた。

 相対するため、ではない。単に体が反射的に逃げたのだ。

 その証拠に、すぐさまユリスのいた場所へ一筋の炎が横切った。

 壁も、地面も抉るような炎。圧倒的威力。当たれば確実に即死だ。加えて、味方諸共お構いなしで撃ってくる思考回路。信じられないと、逃げた先で一緒にいた敵と同じようにユリス驚く。


『おまっ……味方ッ!?』

「ちんたらするな。ボクは別に仲良しこよしで一緒に倒そうなんて、愉快な思考は持っていないよ」


 ボクも遊ばせてくれ、と。ヨルは詠唱もなしにユリスへ向かって炎を投げてきた。


「ちく、しょう……ッ!」


 反射的に飛び退き、肌を焦がすような熱さを感じながらユリスは歯噛みする。

 今の一撃で、更に敵が二人ほど巻き込まれてしまった。

 敵が減っていくのは好都合───ただし、想定以上の敵の矛先が向けられたことに、プラスが一気にマイナスへと傾く。


(ミナさんの妹にも、聖女様にも当てさせるわけにはいかない!)


 ユリスは危険を承知で敵の方へと突っ込む。

 進行方向にはミナの妹もシェリアもいない。相手は倫理も道徳も躊躇もない化け物だ。ならば、危険だと分かっていても同士討ちを狙う方が後のことを考えてもベスト。

 その想定が当たったのか、ユリス目掛けて味方の集まる方へ火炎が投擲されていく。


『ボス、俺達味方……ッ!』

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ……ぁ、っ』

『ちくしょう、ボスはこれだからあぶねぇんだ!』


 集団はユリスを止めることなく、廃墟から逃げ始める。

 ユリスもこの流れに乗って廃墟から逃げようと、一瞬だけ恐怖が過ぎって安全を選びそうになった。

 しかし、そうすればミナの妹とシェリアはアルバが到着する前に殺されてしまうかもしれない。


 だから───


(突貫、一択!)


 ユリスは方向を変えてヨルに向かって地を駆けた。

 逃げ回るという選択はない。飛び火が二人に向いてしまうかもしれないから。

 眼前にはいくつもの炎が現れる。退路は塞がれ、進路も限定。まるで細い蜘蛛の糸を辿るかのように、ユリスは身をよじって回避していく。


(獲る)


 学生こどもだからといって、今更人を殺すことに躊躇はない。

 ここで殺さなければ、この狂人はこれから多くの人を不幸にする。


(獲る!)


 炎の壁を抜けると、端麗で整っているヨルの顔が迫った。

 敵が眼前まで迫っているというのに、ヨルの表情は───


「ふむ、お見事。前菜としての味は悪くなかったよ」


 酷く、

 直後、ユリスの鳩尾へ重たく鋭い痛みが走る。


「ぐ、ふッ!?」


 焦げた地面へユリスの体が何度もバウンドし、残骸へ体が衝突してしまう。

 辛うじて、痛みが届くまでの間にユリスの目には腹部へ蹴りが入る瞬間が見えた。

 しかし、相手は女───それも、身体強化をしているはずの自分へ、対処できないほどの速さと威力を叩き込んでみせた。何故? おかしいだろ。こっちの方が身体能力は上回っているはずなのに。

 だが、その答えは呆気なく明かされる───


第四段局所向上オーバーズ・フォー


 ヨルは狂気的で獰猛な笑みを浮かべ、手を広げる。


「さぁ、次は主食だ! 神に一発ぶん殴る前の腹ごしらえを始めようじゃないか!」


 こんな化け物相手に、自分は時間を稼げるのか?

 聖女と、ミナの妹を無事に助けることができるのか?


「……いや」


 できるか? じゃない、やるんだ。

 そのために、僕はこの場に立っている。

 恩人の大切な人と、クラスメイトの大切な人を傷つけさせるわけにはいかない───


「誰かの不幸を、見過ごしてたまるかッッッ!!!」


 これが主人公。

 圧倒的強者だと分かっていても、本当ゲームのヒーローは拳を握る。

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