乱入者(危機)
アルバというキャラクターは、ゲームの中で最も才能あるキャラクターであった。
それこそ、主人公やヒロインをも軽く凌ぎ、本来なら誰からも賞賛されるべき人間と断言できるぐらいに。
にもかかわらず、どうして周囲から馬鹿にされるようになってしまったのか? 単純な話、性格と怠け癖のせいである。
己を鍛えようとしなければ、成長するものも成長できない。
当然、努力する人間には簡単に抜かされてしまうし、追いつこうとしても追いつけなくなってしまう。
結果、アルバはヒロイン達の復讐によって死亡したり、闇落ちしなければ脅威にすらならなかった。
しかし、圧倒的才能を持った者が努力をしたらどうなるだろうか?
たとえば、死にたくないという一心で文字通り死に物狂いで努力したら―――
「大丈夫? どっか怪我してない?」
アルバの眼前には、せっかくのお召し物が汚れてしまったミスリルの銀の髪を持つ令嬢。
茫然と、ただただこちらを見つめて入るものの、特に目立った外傷はなかった。
「……は、はい。大丈夫、です」
「よかった」
さて、これからどうするか?
咄嗟に助けてしまったことによって、周囲の視線は自分の方を向いている。
幸いにしてフードを被っているから外野には顔を見られることはないだろう。
ただ、心配なのは目の前の少女だ。
「あ、あのっ!」
「ん?」
「どこかでお見かけしたことのあるお顔のような気がするのですが……も、申し訳ございませんっ! 勘違いでしたら……」
どこかの貴族のご令嬢であれば、アルバの顔は知られていることだろう。
ただ、関わるまいと遠くから見ていた人間の方が多く、きっと目の前の少女は今のアルバと記憶にあるアルバが曖昧なはず。
だからこそ、少女も自信なさげな発言をしているのだ。
「気のせいじゃないかな?」
「で、ですがっ!」
「それじゃ、俺はここで。あ、お礼とか気にしなくていいから」
どうせ学園で目立つかもしれないと思っていても、ここでわざわざ目立つようなことはしたくない。
幸いにして、同じ歳ぐらいの少女に顔を見られてもアルバには結びつけられなかった。
ならば、学園でも誤魔化せるかもしれない。
ちょっとした希望が出てきたのであれば、余計にここでアルバだということを隠さねば。
「せ、せめてお名前を……っ!」
少女の制止を無視して、アルバは骸となった馬から腰を上げ、その場を離れようと―――
「なんの騒ぎだ」
した瞬間、アルバの肩が唐突に跳ねた。
ギャラリーの声が一層にざわつき、道が分かれるかのような足音が何度も響く。
きっと、貴族か衛兵の誰かが来て周囲が道を開けたのだろう。
しかし、アルバが肩を跳ねさせたのは誰かが来たからではなかった。
(マズいマズいマズいマズいッッッ!!!)
アルバの冷や汗が止まらない。
何せ、その突然現れた声は転生してきたはずの自分ですらよく聞き慣れていた声だったから―――
「イ、イレシア公爵様……ッ!?」
目の前の少女が慌てて頭を下げた。
あぁ、やっぱり。アルバはひっそりと涙を浮かべ、事実確認をするためにチラリと後ろに視線を向けた。
少し長めの明るい金髪。身長は高く、美青年という言葉がよく似合う男。
透き通った、アルバと同じ瞳を持ち、立っているだけで威厳と風格が肌で感じられる。
―――ロイ・イレシア。
つい最近家督を継いだ、アルバの兄である。
(おいおいおいっ! なんでここに兄上がいるんだよ!?)
転生してから一年、よく聞いた声だった。
ロイがどんな人間なのかも短い期間で把握しており、厳格で家の名誉を大事にしているというのを理解している。
恐らく、アルバが失踪して死亡扱いにしたのもロイの考えも含まれていたのだろう。
(家の汚点を嫌っていたし、俺のこと嫌っていたし! マズい、マジで俺が生きてるってなったらどうなるか……ッ!)
本当に死亡扱いにするために殺す? うん、充分にあり得るよね。
アルバの焦燥を感じられたのか、隣にいた少女は心配で声をかけようとした。
「あの、大丈夫で───」
だが、ロイが最中に口を開く。
「これは一体、なんの騒ぎだ?」
「わ、私の馬車の馬が暴れてしまい……」
「そうか」
ロイは周囲を見渡す。
少女の発言に嘘がないか確認しようとしているのだろう。
実際問題、周囲には馬が暴れ回った形跡がしっかりと残されている。
そして、その原因たる馬もその場に骸として転がっており―――
「そこの少年」
「ッ!?」
「お前が止めたのか?」
馬の上に乗るアルバにロイの視線が向けられる。
このまま逃げるか? そんな考えが脳裏を過るが、今は王都に滞在している身。
ここで逃げ出して無礼を働き、王都に捜索願いを出されてしまえばシェリアとの生活が危うくなってしまう。
故に、逃げたくても逃げられない状況。
アルバは「なんでこんな目に……」と、フードを被り直しながら振り返ることなく返事をした。
「はい、馬が暴れており、これ以上の被害が出ないよう―――」
「ん?」
しかし、ロイの反応は問答にしては違和感のあるもの。
何故? もしかして、と。アルバの冷や汗はさらに加速する。
だが、その不吉な違和感も悲しいことに見事的中することになった。
「……お前、アルバか?」
ザワッ、と。周囲の声が広がる。
横にいる令嬢も信じられないものを見るような目を向け、やがて合点がいったのか口元を手で押さえ始めた。
考えてみれば当たり前だ。ロイが転生する前から一緒にいる肉親の声を忘れるわけもない。
(かといって口を開かなきゃいけない状況だったじゃんっ!)
アルバは冷や汗と同時に涙も加速する。
どうして俺がこんな目に。二度目の想いである。
「ひ、人違いでは……?」
「ならばこちらを向け」
「こ、公爵様にお見せするような顔では」
「それは俺が判断する」
ザクッ、と。徐々に足音が近づいて来る。
どうする? アルバは迫るロイから逃れようと必死に思考を巡らせた。
その時———
「あら、こんなところにいたの、アル」
ロイとアルバの前に立ち塞がるかのように、一人の少女が現れた。
その少女は燃えるような赤い髪を靡かせ、公爵家の人間を前にして堂々と構える。
「……なんの真似だ、イレイナ?」
「お久しぶりです、ロイ様───いいえ、公爵様」
「あぁ、久しぶりだな」
何故、こんなところに
どんどん厳しくなってくる状況に、アルバは戦慄を隠し切れなかった。
どうしたらこの状況を乗り越えられるのだろうか? 攻略対象と実の兄。アルバをよく知る人間が二人に増えてしまった現状で、自分はどのような行動を取ればいいのだろうか?
(……終わった)
加えて、ここは大衆の面前だ。
アルバが生きている……なんて噂が広まったら、いよいよ表舞台から引けなくなってしまう。
しかし、どう考えてる逃げられない状況に、アルバは考えを放棄して絶望に浸り始めた。
だが―――
「私の知り合いが道草を食っていたので、捜しに来ました。そう、ここにいる聖騎士見習いを」
「はぁ!?」
アルバは思わず振り向いてしまう。
すると、イレイナと視線が合い、小さく口を動かされる。
何も声には出さなかったが、口の動きが「黙ってて」と読み取れた。
「ほほう? イレイナ嬢はこの人間が聖騎士見習いだと? 俺には愚弟の声に聞こえたが?」
「気のせいでしょう? それなら、私が気づかないわけがありません」
「だが、イレイナ嬢も「アル」と呼んでいたではないか?」
「偶然名前が一致しただけですよ。私がアルバを呼ぶ時は「こいつ」か「アルバ」ですので。愛称で呼び合う関係ではございません」
「……そうか」
ロイはしばらくアルバに視線を向ける。
必死に合わせまいと目を逸らしていると、やがて引き下がったかのように背中を向けた。
「なら俺はここで失礼する。本当に知り合いなら、イレイナ嬢がこの場を治めろ」
「かしこまりました」
ロイの背中が遠ざかっていく。
静寂が辺りに広がり、生きた心地がまるでしなかったアルバはロイの背中が大衆の中へ消えていくと思わず大きな息を漏らしてしまった。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ! マジで、やべぇ! ほんと、生きててよかったぁぁぁぁぁっ!」
貴族らしからぬ態度でその場にへたり込むアルバ。
しかし、すぐに何かを思い出したのか、イレイナの下に近づいておもむろに手を取った。
「いやー、ほんと、ありがとっ! イレイナがいなかったら俺どうなるかと思ったのよ本当にありがとう!」
「…………」
「このご恩はいつか学園で返すねそんじゃぐぇっ!?」
だがしかし、こちらが手を取ったのに対してイレイナはアルバの首根っこを掴んできた。
はて、なんだろう? なんでこんなに対応が荒いのだろうか? アルバは現実逃避に似た疑問を抱く。
「お、お嬢さん……?」
「私がなんの考えもなしにあんたを助けるわけないじゃない」
そして、ぎらついた双眸が眼前で向けられた。
何故か、止まったと思っていた冷や汗がまたしても吹き返す。
そして───
「話、今度こそ聞かせてもらうわよ」
「Oh……」
いいことをしたはずのアルバくんは、何度目かも分からない涙を流した。
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